『半沢直樹』はなぜ大衆にウケたのか、“社会風刺と顔面芝居”が生んだ施し

週刊女性PRIME / 2020年9月27日 13時0分

ドラマ『半沢直樹』の会見での堺雅人と香川照之('13年)

 日曜劇場(TBS系・日曜夜9時)で放送されている連続ドラマ『半沢直樹』が最終回を向かえる。

『半沢直樹』なぜ大衆に受けるのか

 本作は2013年に放送されたドラマの続編で、原作は池井戸潤の人気シリーズ小説。2013年に『オレたちバブル入行組』、『オレたち花のバブル組』がドラマ化され、今回の2020年版では『ロスジェネの逆襲』、『銀翼のイカロス』が原作となっている。

 主人公は大手メガバンク・東京中央銀行の銀行員(バンカー)として働く半沢直樹(堺雅人)。銀行に「貸し剥がし」をされて、町工場を営む父を自殺に追い込まれた半沢は、亡き父のためにも銀行を変えようと思い入行し、頭取を目指していた。

 物語は毎回、融資や債権回収の裏側にある銀行内の派閥争いに巻き込まれた半沢が、汚職の証拠を見つけ出し、犯人を“倍返し”で追い詰めるというもの。

 劇中では専門用語が飛び交い、経済や政治に関する知識がないと難しい話に感じるのだが、そういった表面的なディテールはある程度聞き飛ばしても成立するのは、根幹にあるのが、シンプルな勧善懲悪の物語だからだろう

 2013年度版『半沢直樹』(前シリーズ)は、最終話の視聴率が42.2%(関東地区、ビデオリサーチ社)となるメガヒットとなり、連続テレビ小説『あまちゃん』(NHK)と並ぶその年を代表するドラマとなった。

 その影響は大きく、日曜劇場では『半沢直樹』のチームによって『ルーズヴェルト・ゲーム』、『下町ロケット』、『陸王』、『ノーサイド・ゲーム』といった池井戸潤の小説を原作とするドラマ(以下、池井戸ドラマ)が多数作られるようになり、他局でも池井戸ドラマが作られ、映画も続々と制作されている。かつて小説家・山崎豊子が担っていた大人向け社会派ドラマの原作は、今や池井戸潤が独占していると言っても過言ではない。

 もちろん池井戸ドラマは、『半沢直樹』以前にも作られていた。しかし、放送されていたのが、WOWOWやNHKだったこともあってか、会社組織の闇に切り込んだ硬派な社会派ドラマに仕上がった玄人好みの作品だった。

 そのため、熱心なドラマファン以外にはあまり届いていなかったのだが、『半沢直樹』は、銀行を舞台にした会社内の派閥抗争を題材にしながらも、とてもわかりやすくキャッチーな作品で、万人に開かれた仕上がりとなっていた。

『半沢直樹』は“現代の時代劇”

 2013年の放送当時、チーフ演出の福澤克雄氏は『半沢直樹』を、黒澤明監督の時代劇映画『用心棒』のような活劇にしたかったと語っている。

 おそらく福澤氏は、日本の会社組織の闇を描いた池井戸ドラマを時代劇の構造に置き換えたのだろう。

 金融関連の専門用語が多数登場し政治経済やマネジメントの知識がないと作品の全貌を理解することが難しい池井戸潤の小説だが、そういった専門的な知識の部分はあくまで表層で、根底にあるのは、か弱い庶民を苦しめる腹黒い権力者を正義の味方が成敗する物語だ。だからこそ、池井戸ドラマは“現代の時代劇”として大衆から熱い支持を受けている。

 だが一方で、2013年の『半沢直樹』(前シリーズ)には、その後の池井戸ドラマにはない独自の魅力があった。それは、普段は温和に見えても、自分を攻撃してきた相手には容赦なく倍返しで反撃し、土下座するまで追い詰めるという半沢の徹底したやや過激とも見られる正義だ。

 このあたりは堺雅人の緩急の激しいエキセントリックな芝居が相乗効果となっており、善良な正義の味方を超えた「いびつな迫力」がみなぎっていた

 『半沢直樹』以前の堺の当たり役というと、2012年の『リーガルハイ』(フジテレビ系)で演じた弁護士・古美門研介が思い浮かぶ。

 相手に勝つためなら手段を選ばず、屁理屈を機関銃のようにまくし立てる古美門の姿は悪魔のようで、どんなに正しいことのための弁護をしていても、それはちょっとやりすぎでは? という暴力性があった。それでも『リーガル・ハイ』は、古沢良太氏の脚本が持つ人を食ったようなストーリーテリングが毎回あったため、古美門の邪悪さが、ギリギリのところでコメディの枠に収まっていたのだが、あれをシリアスに演じると半沢直樹になるのだろう。

 大河ドラマ『真田丸』(NHK)で主演を演じたこともあってか、日本を代表する正統派スター俳優という印象が強いが、堺の芝居には善悪という枠をあっさりと超えてしまう過剰な暴力性があり、だからこそ痛快さの中に、ピリッとした嫌な後味が残る。

 そんな堺の持つ危うさが、そのまま作品の振り幅となり、熱狂的な吸引力で大衆を惹きつけたのが『半沢直樹』だった。

 今思い出しても前シリーズ最終話で大和田暁(香川照之)に土下座を迫る半沢の姿は異様で、どっちが正義でどっちが悪だかわからなくなる。だが、あの半沢の常軌を逸した怒りに、東日本大震災後の復興時期に溜まったフラストレーションを重ね、誰かを土下座させたい(責任を取らせたい)という視聴者の鬱憤が、シンクロしたからこそ、絶大な支持を得たのだろう。

 一方、7年越しに作られた続編となる本作はどうか?

今作『半沢直樹』が表現するもの

 表面的には2013年度版のスタイルを踏襲しているように見える。

 前シリーズでは古臭い昭和の物語にみえた会社組織の派閥争いをめぐるゴタゴタも、コロナ禍における日本政府の後手後手の対策や、東京オリンピック開催をめぐるグダグダの状況をみていると、むしろ昭和的な会社組織が令和の時代まで温存されていることこそが今の日本の宿痾(しゅくあ)なのだなと改めて実感させられる。

 物語のスケールも大手航空会社の経営再建を巡って国土交通大臣と対決する姿を描くことで、本作が内包していた権力批判のテイストはより際立っており、その意味でも今見るべき作品に仕上がっている

 しかし、過剰なまでに前作をなぞったがゆえに、公式二次創作を観ているような印象もある。いちばん大きく変ったのは役者たちの演技だろう。福澤克雄の演出は顔のアップを多用しているため顔面芝居と揶揄されることも少なくない。実際には引きのカットも多く、エキストラを大勢集めたモブシーンなどもある。ほかのドラマと比べると何倍もリッチな映像なのだが、最終的にいちばん印象に残るのが「役者の顔」だということなのだろう。

 今回の『半沢直樹』でもそんな顔面芝居は健在なのだが、よりパワーアップしており、味付けがとにかく過剰だ。

 市川猿之助、尾上松也、片岡愛之助といった歌舞伎俳優が多数出演していることもあってか、今までの池井戸ドラマが現代を舞台にした時代劇だとしたら、今作はまさに半沢歌舞伎!

 また、続編ということもあってか、前作で半沢と敵対した男たちと共闘する展開が続いており、それに伴い前作では、あれだけ憎たらしく感じたおじさん俳優たちが、妙に愛嬌のある姿を見せている。

 その筆頭がなんと言っても、香川照之が演じる大和田だ。劇中には半沢の「やられたらやり返す、倍返しだ」に対する大和田の「施されたら施し返す、恩返しです」という決め台詞まで登場。派閥争いに翻弄される小悪党ぶりが逆に共感を集めており、いまや主役を喰う勢いだ。

 元々、香川は教育番組『香川照之の昆虫すごいぜ!』(NHK Eテレ)にカマキリの着ぐるみで登場するような愛嬌のある俳優なのだが、そんな香川のキャラクターが大和田にフィードバックされているのを観ていて強く感じる。おそらく番組スタッフは、スピンオフドラマ『大和田暁』を狙っているのだろう。

 役者の暴走を取り入れ、より過剰な味付けを施したことで、今の『半沢直樹』は、役者を楽しむためのバラエティー番組に変貌したと言っても過言ではない。それはそれで楽しいのだが、何か大切なものが失われつつあるようで、素直に喜べないものがある。

PROFILE●成馬零一(なりま・れいいち)●1976年生まれ、ライター、ドラマ評論家。テレビドラマ評論を中心に、漫画、アニメ、映画、アイドルなどについて幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生 テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。サイゾーウーマン、リアルサウンド、LoGIRLなどのWEBサイトでドラマ評を連載中。 

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