八千草薫さん「未公開エッセイ」に綴られた「愛あふれた50年」の残香

週刊女性PRIME / 2020年10月19日 16時0分

八千草薫さん

 名作ドラマ『うちのホンカン』『岸辺のアルバム』(ともにTBS系)や、1987年の映画『ハチ公物語』、2013年公開の『くじけないで』……数えきれないほど多くの作品に出演し、老若男女問わず誰からも愛された大女優・八千草薫さんがこの世を去ったのは、2019年10月24日のこと。

「膵臓がんを患われて。それでも治療を続けながらドラマや舞台で主演を務めていました。亡くなる前もテレビ朝日系の『やすらぎの刻~道』にも出演されてね。女優という仕事に向き合い続けた方でした」(テレビ局関係者)

 その八千草さんが亡くなる直前、2019年5月に上梓したのが、34編からなるフォトエッセイ『まあまあふうふう。』(主婦と生活社)。八千草さん最後の著書である本書には、“収録されるはずだった”幻の原稿があった。担当編集者が振り返る。

本が完成する前、原稿を見返していた八千草さんが“やっぱりこの話は恥ずかしいわ……おのろけがすぎるみたいで”とおっしゃられて。素敵なお話だったのですが、結局“これは八千草さんとご主人だけのエピソードにしておきましょう”ということに」

未公開エッセイに夫婦の真実が

 その未公開エッセイを週刊女性は入手。一周忌にあたり特別に掲載する。章タイトルは“腹がたったら、寝る”だ。

《主人とは、26歳で結婚してから50年、一緒でした。でもその間、ケンカをした記憶がほとんどありません。よく「ケンカするほど仲がいい」と言いますけれど、私と主人は歳が離れていましたから、ケンカをしないというよりも、そもそもケンカにならないという感じでした》

 “主人”とは映画監督の故・谷口千吉さんのこと。八千草さんと谷口さんとは19歳の年の差があったが、結婚以来、2007年に谷口さんが先立つまで50年もの間、文字どおり“おしどり夫婦”だった。

《それでも生活をしていると、時々「納得いかないなぁ」ということもでてきます。でも、私はなかなか言い返せないたち。言いたいことがあっても、面と向かって自分の考えを言えなくてモヤモヤします。そうすると気持ちが疲れてしまうのですね。だからそういう時は、寝ちゃうんです。サッと自分の部屋に行って壁にもたれてそのまま。眠って翌朝起きると、不思議とすっきり気持ちがいいんです》

 そんな八千草さんに、谷口さんは「うるさいなと思ったら、ケンカして寝かせればいいんだから楽だね」と、よく冗談を言ったという。

《でも、それが私なりのケンカしない、ぶつからない秘訣になっていたのかもしれません。夫婦として家族として生きていくうえで、やっぱりこんなユーモアが一番大事だなぁと思うんです。つらいことも深刻なことも、人生にはもちろんあるけれど、それでも、笑いに包まれて笑顔で歩いて行くのがいいなぁって》

 そんな最愛の夫と過ごした八千草さんの自宅。東京都内にある150坪の土地と邸宅、そのすべてが先ごろ売却されてしまったという。

「あのご自宅はご主人と結婚されてすぐに建てたんです。当時、周りにはほとんど住宅もなくて、畑と大きな公園だけでのんびりした場所だったのを、自然が好きな八千草さんとご主人が気に入って。新築時に庭に植えたケヤキとヤマザクラの木は50年の間にどちらも立派になって。その木陰には、スズメやメジロといった小鳥たちがたくさんやってきては、1日中にぎやかにさえずっていたんですが……」(当時を知る知人)

 前出の著書にも登場する庭と、そこを眺める自宅1階のサンルームは八千草さんのお気に入りの場所だった。

「サンルームは山好きだったご主人のために“山小屋のような雰囲気に”と考えて、後から増築したんだって聞きました」(前出・知人)

家をさっぱりなくしてほしい

 10月中旬、週刊女性が現地を訪ねると自宅の解体が始まっていた。八千草さんが大切にしていた庭の木々にも、できたばかりの痛々しい傷が……。

“私がいなくなったら、この家はきれいさっぱりなくしてほしい”というのは、実は八千草さんご自身のお考えでした。常々“最後はすうーっと終われればいい”とおっしゃっていたんです」

 売却理由をそう語るのは八千草さんの事務所関係者だ。

「80歳になられてすぐのころに“遺言状”を作っていたんです。家のことだけでなく家財道具もすべて、ひとつひとつご自分で“形見分け”する方を決めていました。大切に飼っていたワンちゃんと猫ちゃんも、知り合いの方に“私に何かあったら頼みます”と、きちんとお願いして行き先を決めていましたから」

 自分がいなくなった後、“残された人たちが困らないように”という思いがあった。

“こういう最後を迎えたいということも書き残しておきたい”と常々おっしゃって。八千草さんにはお子さんがいらっしゃらなかったですから、ご主人を亡くされてからは、ずっとおひとりでしたのでね。いざというときのことを、いつも気にかけていました」

 長年、彼女を支えてきた事務所社長が成年後見人となり八千草さんの親戚を含めた3名が相続人になった。

「八千草さんの希望は、“この家で最後を迎えられたらそれでいいの”ということだけでした。“この家と庭はなんとか残しては”と周りの人は言ったんですが、八千草さんは“それはうれしいけれど難しいでしょう? この家も建ててから50年以上たってる私と同じお年寄りだし”と」(前出・知人)

 それでも、残された人々はできる限り八千草さんの思いにそいたい、と手を尽くした。

八千草さんの家の匂いを残す

「八千草さんが亡くなられてから、事務所社長が中心になって“八千草の家の匂いを残してくれる方に譲りたい”と個人でこの家と庭を引き継いでくれる方を探していたんです」(前出・事務所関係者)

 なかなか売りに出されることのない都内一等地にある広大な邸宅である。「売り出した」となると、すぐに内見に来た購入希望者も何組かいたという。その中には、

結婚したばかりの有名な女優さんも見えたと聞いています。“お庭も建物も全部このままで住みたい”と購入にかなり前向きだったそうですがいろいろネックがあって、最終的に購入を諦められた、と」(前出・事務所関係者)

 予想だにしなかった新型コロナの影響も受けた。

「不動産売買の動きがストップしてしまって、個人の買い手は見つからず。結局、戸建て分譲を扱う不動産業者に売ることに決まりました」(前出・知人)

 一周忌法要は葬儀同様、身内だけで執り行われる。それも八千草さんたっての望み。

「生前親しくしていた方々から“お別れの会を”というお話もあるそうなんですが、事務所の社長がすべてお断りしているそうです。“八千草が大げさなことはしないで、と何度も言っていたので”とね」(前出・知人)

 八千草さんは、最愛の夫と一緒に関東近郊の寺院で安らかに眠っている─。

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