「赤ちゃんを捨てた」罪をひとりで背負う母親、傍聴人が問う “父親” の理不尽さ

週刊女性PRIME / 2020年10月26日 16時0分

※写真はイメージです

 後を絶たない、新生児遺棄事件。その時、罪に問われるのは、必ずと言っていいほど母親となる女性側。だが、子どもは一人では作れない。当然、父親となる男性にも責任があるはずだが、彼らが逮捕されることはほとんどない。先日公開され、反響を呼んだ記事『新生児遺棄事件、責任を負わない “父親たち” が犯した「罪にならない大罪」』。「こういう記事を待っていた」という傍聴人でフリーライターの高橋ユキさん。数多くの事件を取材してきた高橋さんに、これらニュースへの思いを聞いた。

 「トイレで出産」「逮捕」……こんなワードでネット検索をかけると、いくつものニュース記事がヒットする。

 それらの多くが、コンビニや自宅、またはバーなどのトイレで出産し、そのまま赤ちゃんを放置して立ち去った女性や、ロッカーに入れて立ち去った女性、あるいは産んだばかりの赤ちゃんを窓から投げた女性たちが、殺人未遂や保護責任者遺棄などの容疑で逮捕された……というものだ。

責任を問われない父親

 昨年1月に、埼玉県新座市のコンビニの個室トイレで女児を出産し、そのまま立ち去った20代の女性は、同年4月に殺人未遂容疑で逮捕された際「一人では子どもを育てられないし、妊娠したことを親に告げていなかった」と理由を語っていた。

 また同年10月に殺人容疑で秋田県警に逮捕された当時19歳の少女は、5月に自宅のトイレで出産した男児を、トイレの窓から投げ捨てていた。この少女については「個人の特定につながる」として夫がいたかどうかなど、詳しい事情は明らかになっていない。

 今年の4月には、神戸市のバーのトイレで女児を出産し、放置したとして26歳の女性が殺人未遂容疑で逮捕された。調べによると、女性はトイレで1時間ほどかけて女児を出産。次にトイレに入った客が、産まれたばかりの女児を見つけたという。「殺すつもりはなかった」と否認している。

 こうして逮捕された女性たちはのちに起訴され、ときに有罪判決が下される場合もある。子どもを産み、捨てた罪を背負うことになるのだ。しかし子どもは女性一人で作れるものではない。性行為の結果、妊娠に至ったのであるから、子どもの父親となる男性が必ず存在する。しかし、彼らの責任が問われることはない。

 責任を取り、罪を背負うのは、子どもを産んだ女性だけであり、報道により社会的制裁を受けるのも女性だけだ。父親である男性の存在は報じられない場合も多い。

 一方、女性側が赤ちゃんを産み捨てて逮捕された際の報道では、その場所や日時などは大まかに明らかになるが、どういった事情から産み捨てることになったのかは、報じられることはほぼない。また、未成年だった場合は氏名も明らかにならないために、後日開かれる公判の予定も把握しづらく、取材することは非常に難しい。

 そんな事情はあれど、新聞やテレビでの第一報が出れば、近所や友人知人の知るところとなり、匿名掲示板に実名が書き込まれたりもする。それを見つけるやいなや、トレンドブログで記事が量産され、女性の名前や顔、SNSも、憶測で発信される。だがそこにはやはり、赤ちゃんの父親である男性の情報が出ることはない。

ネットでの誹謗中傷は
母親へ集中

 先の新座市のコンビニで女児を産み、放置した女性Aさんに対しては、のちにさいたま地裁で公判が開かれた。Aさんは実家で両親と暮らしながら、金銭を得るためにインターネットで知り合った男性たちと性交渉を重ねていた。

 そんな生活の果てに妊娠が判明したという。心当たりのある男性は3人いたが、いずれも連絡がつかなかったのだそうだ。中絶費用は一人では捻出できなかった。

 そんな事情が報じられるやいなや「ネットで知り合って性交渉して妊娠とか頭大丈夫?」「なぜ父親のわからない子どもを産もうと思うんだろう」「中絶費用も用意出来ない人がどうやって子ども育てるの?」「産み棄てた時点で母性本能ない」など、Aさんへの批判がネット上に集中した。

 ところが不思議なことに、子どもの父親の可能性のある3人の男性について「ネットで知り合って性交渉して妊娠させるとか頭大丈夫?」「連絡つかなくなる時点で責任感ない」という批判は見当たらなかった。

 出会い系アプリで出会い、その場限りの性交渉ののちの妊娠、または不倫の末の妊娠、結婚など考えていなかった相手との妊娠……結婚相手以外との望まぬ妊娠には、さまざまな事情が横たわる。

 貧困や知識不足などから手術もできないまま、ときに産婦人科を受診することもないまま、人知れずトイレなどで出産に至ることが実際にある。そんな彼女たちを「母親としての責任がない」と責めるのは簡単だ。

 しかし、トイレなどでの出産という悲しい結末は、それまで彼女たちが、父親である男性との話し合いもままならず、自分の友人や家族にも打ち明けられない状況にあったということも示してもいる。

 先述のとおり、子どもは女性一人で作れるものではない。Aさんが仮に3人の男性との性行為の際に避妊をしていようと、妊娠の可能性はある。だが男性たちは“もしも”の場合に備え、Aさんと連絡がつく状態を維持していなかった。

 産み捨てという結果に至ったことについては、女性のみならず、男性側にも当然、責任がある。たとえその時限りの関係だったとしても、自分の行動には大きな責任が伴うことを自覚してほしい。

 いまもAさんの妊娠や、自分の子どもかもしれない赤ちゃんがトイレで産まれたことも知らぬまま、Aさんと性交した男性らはどこかで暮らしているのだろう。

高橋ユキ(たかはし・ゆき)
1974年、福岡県出身。殺人事件の取材や公判傍聴を通して記事を執筆する、傍聴人・フリーライター。著書は『つけびの村  噂が5人を殺したのか?』(晶文社)、『暴走老人・犯罪劇場』(洋泉社)、『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)ほか。

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