伊豆大島に伝わる奇習・日忌様とは? 「1月24日の夜は海を見てはいけない」

東京ブレイキングニュース / 2014年1月1日 12時0分

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伊豆大島の泉津地区にある観光名所・椿トンネル。

 伊豆大島の泉津地区には、いまだ奇妙な風習が残されている。毎年1月24日の夜は家に閉じこもり、口もきかずに朝まで過ごす。戸や窓、古い家なら節穴にも、トベラやニビルという匂いの強い植物を差しておく。海からやってくる「何者か」に家を覗かれないためだ。それをここでは「日忌様(ひいみさま)」と呼ぶ。

 いったい日忌様とはなんなのか。こんな言い伝えが残されている。江戸時代、豊島忠松という悪代官が大島にて圧政をしいていた。それに反発した25人の若者が豊島を海に突き落として謀殺。若者らは神社にあった杉の大木で丸太船を作り、海へと逃亡した。そのまま利島、新島、式根島などを巡りかくまうよう懇願したが、巻き添えになることを恐れ、どの島民たちも拒否し続けた。そのうちに船は難破、若者たちは暗い海の底へと消えていった。

 それからというもの、毎年1月24日になると、若者の怨霊が乗った丸太船が大島沖にやってくるという。この夜は決して外に出てはならない。禁忌を破って外出したもの、特に海を見たものには死が待っている。

 似たような言い伝えは伊豆各島に残さており、新島や利島の「海難法師(かんなんぼうし)」では、殺された代官が乗る赤い帆船がやってくると言われる。また御蔵島では「忌の日の明神(きのひのみょうじん)」という、鉄下駄で便所の戸を蹴破っていく荒神になっている。伝えられる内容は違うが、1月24日夜に物忌みをして外出しないのは変わらない。

 昔の新島で、この言いつけを守らず、夜を徹して浜辺で酒盛りをした三人の男たちがいた。夜明け前に帰ってきた彼らが戸口に立ったので、心配していた家のものが迎えに出た。すると若者たちは「カンナン......」と一言呟いた途端に倒れ、そのまま死んでしまったという。

 私も3年前の1月24日、大島の泉津地区を訪ねてみた。「日忌様」当日の泉津の家々を見れば、確かに窓や戸板の隙間にトベラが刺さっている。風習は生きていたのだ。

「日忌様、昔は確かにしっかりやってましたな。一月に死人が出ても、25日までは葬式もあげられなかったですし」

 当地に住むMさんからお話をうかがった。八十代のMさんは、戦前から日忌様の風習を体験しているという。

「昔のトイレは離れにあるでしょう。でも外に出ちゃいけないから空の一升瓶に用を足したり、どうしてもの時はズタ袋を頭に被って、手探りで行ったものです」

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