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メディアが「障害者の美談に弱い」は本当か? ある地方紙記者の奇妙な体験

TABLO / 2014年2月8日 10時0分

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 「現代のベートーベン」といわれた作曲家・佐村河内守さん(50)の18年間にわたる主要作品が自身ではなく、ゴーストライターが作っていたことを週刊文春がスクープした。発売後には桐朋学園大学の非常勤講師、新垣隆さん(43)が記者会見し、自身が作曲していたことを認めた。また、全聾といわれた佐村河内さんに対して「耳が聞こえないと思ったことはない」とも述べた。これが本当であれば、佐村河内さんが世に出るきっかけとなったNHKスペシャル『魂の旋律~音を失った作曲家』も騙されたことになる。NHKをはじめたとしたメディアはなぜ騙されたのかを考えたいが、じつは私も新聞記者時代、似たような経験があった。

 記者一年生のころだった。私は長野県のローカル紙の、さらなる地方支局に勤務していた。新人記者は警察回りをするが、長野県の、さらなる山奥ではそんなに事件が起きるわけではない。私がいた木曽支局がある木曽署の毎年の課題は、交通死亡事故をいかに減らすか、であった。そんなのんびりとした支局では、ほとんどが街ネタだといっても過言ではない。

 いつものように街ネタを探していたとき、足を引きずった男性と出会った。男性はなんと某お笑い芸人の弟子だという。しかも、男性には障害があるらしい。障害があっても日本一周をしているというのだ。

 私にその話をしたとき、その男性は各地方の新聞に掲載された自身の記事を見せてくれた。北海道から九州までの記事があり、長野県に来る直前の記事まで見せてくれた。他のメディアが書いているのだから、私も男性は本物だろうと思ってしまった。疑う余地はない。木曽に来るまえに長野市に寄ったという話をしていた。そこでも取材を受けたという。地方を回りながら、芸人の弟子として巡業しているのだろうと思えた。

 ただ、どの記事を読んでも、そもそもの師匠のコメントが載っていない。私は、他の記事とは違ったものを書かないといけないと思い、できれば師匠のコメントがほしいと考えた。私はその芸人の事務所に電話した。すると、マネージャーの話では、「そんな弟子はいない」というのだ。ということは、その男性はメディアを騙しているということになる。ほとんどのメディアでは、「芸人の弟子」「足に障害」「日本一周」を焦点に記事が書かれていた。

 もしこの男性に「足に障害」がなければ、これほどまでに多くの新聞が記事にしていたのだろうか。メディアは何か逆行を乗り越えるストーリーが欲しいものだ。佐村河内守さんの場合でも、「全聾」であり、「被曝2世」という2つの"逆行"を跳ね返して、作曲家として成功した、というストーリーができあがる。私が取材した男性はそこまでではないが、「芸人の弟子」「足に障害」「日本一周」というキーワードは、地方紙のネタとしてはそれだけでもOKなのだ。

 芸人の事務所に電話をして、私は男性が嘘をついていると分かった。そういえば、長野市のテレビ局には知り合いがおり、その記者は報道したかが気になった。電話してみると、その記者も事務所に確認を取った結果、報道はしなかったという。しかし、そうしたストーリーを好む記者は多いようで、多くの地方新聞には男性の話が載っていた。メディアはこうした「美談」に騙されやすいということなのだ。

Written by 渋井哲也

Photo by 佐村河内守:魂の旋律~HIROSHIMA×レクイエム [DVD]

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