今さらもう遅い「中年引きこもり」

TABLO / 2019年6月3日 16時35分

40代引きこもりや「子供部屋おじさん」が昨今取沙汰されているが、ここでは平成初期の「就職氷河期」を振り返りたい。

1995年~2000年の就活はそれはそれは苛烈を極め、大卒が正社員になれる率は低かった。平成元年(1989年)から平成12年(2000年)までの文科省による「大学卒業者数と就職率・大学院進学率の推移」を見てみよう。バブル景気は1991年2月まで。一つ目の%の数字が、大卒で就職した者の割合(男女)で、2つ目が大学院進学率(同)である。

1989年:79.6%+6.3%=85.9%
1990年:81.0%+6.4%=87.4%
1991年:81.3%+6.7%=88.0%
1992年:79.9%+7.4%=87.3%
1993年:76.2%+8.2%=84.6%
1994年:70.5%+9.1%=79.6%
1995年:67.1%+9.0%=76.1%
1996年:65.9%+9.0%=74.9%
1997年:66.6%+8.8%=75.4%
1998年:65.6%+9.0%=74.6%
1999年:60.1%+9.8%=69.9%
2000年:55.8%+10.3%=66.1%

1995年に就職率が60%台になり、以後2010年代中盤までこの傾向はあまり変わらない。最近は就職率の向上が言われているが、これはここ数年の話である。私は1997年卒で、3人に1人は就職しない年にあたる。また、厚労省「労働力調査(2014年)」にはこんな記述がある。

〈非正規雇用は、1995年から2005年までの間に増加し、以降現在まで緩やかに増加(役員を除く雇用者全体の36.7%)。〉

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明確な学歴差別・男女差別があった

こうした状況から当時の就職活動を振り返るが、私の姉(1995年卒)は、私を見て非常に羨ましがっていた。彼女は中堅の女子大に行き、120社に資料請求をし、面接に進むことは稀だった。最終的に財閥系の専門商社の内定を唯一取れたが、当時は「リクルートブック」というものが存在した。リクルートから企業の情報とキリトリ線付きの資料請求ハガキがついた分厚い冊子が送られてくるのだ。

しかし、これは男子学生と上位大学の女子学生にしか送られてこないのである。いわゆる「Fラン大学(当時はそんな言葉はなかったが)」の男子に来たかどうかは分からない。よって、姉のところには一切こうした冊子は来なかった。早稲田のインカレサークルに入っていたため、早稲田の男子学生がハガキを切り離した状態のリクルートブックを譲ってもらい、それにより資料請求をしていた。

自分が本当に受けたい企業は早稲田の学生に取られており、“残骸”のような企業にしか応募できなかった。だが、これでもまだ恵まれていた方である。別大学に通う知り合いの男子学生がいない女子学生は、これすらできない。ちなみに人気企業のハガキには切手を貼る欄があったが、不人気企業は「料金後納郵便」で郵送費は不要だった。

現在のリクナビやマイナビでは時々「学歴フィルターをかけているのでは? 疑惑」が発生するが、そんなレベルではない学歴差別・女子学生差別が行われていたのである。ある程度名の通った大学に行っていない限り、企業からのお誘いは来ない。

上記のデータを見ると、バブル期には80%ほどの就職率があったものの、現在の40代世代になると50~60%台に減っている。最近の企業の従業員割合は50代と30代、20代が多く40代だけがポコッと人員数が少ない、といったグラフも存在する。現在の現役世代でもっとも人数が多い40代の正社員としての採用を絞った結果、こんなことになってしまった。

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な~にが「人生再設計世代」だ!

内閣府が今年3月29日に発表した数字では、61万3000人の中高年が引きこもりで、そのうち4分の3が男性だという。フジテレビの電子版にはこんな記述がある。

〈また就職氷河期を経験した40歳~44歳の3人に1人が「20歳~24歳」で引きこもり状態に。そのため就職活動の失敗も原因の一つである可能性が浮き彫りになった〉

あの時、同級生の中にも就職できなかった人間はいたが、あれから23年、政府は「氷河期世代」を「人生再設計世代」と呼ぶようにしたようだが、もう遅い。我々と同世代の就職できなかった者の多くが引きこもりにならざるを得なくなった。

あの頃は100社受けて1社も内定を取れない、といった者もいた。家が金持ちだったらまだしも、日雇い労働の賃金も低下していたし、正社員になれたとしても、ボーナスも激減した。私自身は制度云々に対して何か物申すようなことはしないが、「生まれた年が数年早ければ……」「あと5年遅く生まれていれば……」といったことを思う同世代の嘆きは十分に理解できる。

となれば、積極的な「親との別居+生活保護の受給」を考えてもいいと思う。キチンとした仕事をしていた親からは、日々無職であることや生活態度をなじられるため、引きこもりの中高年が暴発するということもあるのだろう。老い先短い親としても「私がいなくなったらどうなるんだ……」という心配があるわけで、ある程度の年齢になったら一人暮らしも考慮に入れていいのでは。正直自分はこの年齢になってまで、介護を除き親と一つ屋根の下に住む生活など、絶対にしたくない。

そうした事態を推進すべく、あの時内定を取れ、今でも仕事を続けられている者はせめて、“同志”の生活を成り立たせるための財源を捻出させるべく収入を高めるモチベーションにする、という考え方もアリだろう。さすれば所得税や住民税が増え、生活保護に回すカネも増えるからだ。(文◎中川淳一郎 連載『俺の平成史』)

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