古今蓮華往生 「2人して和やかにの不忍池の蓮の花を見つめたまま、スーッと遠のいていくんです――」|川奈まり子の奇譚蒐集三二

TABLO / 2019年10月17日 1時46分

この池に、こんな言い伝えがあったとは……

この夏も不忍池に蓮を観にいった。えらそうに「観蓮した」と呼べるほどのことではなく、暑い盛りに上野を訪ねて蓮の花盛りを見物し、ついでに美味しいものを食べてきただけで、この程度なら昭和生まれの東京者なら一度や二度はやった覚えがあるのではないか。子どもが小さかった頃には、ついでに池でボートに乗ったり上野動物園に寄ったりしたものだ。

蓮の花盛りは夏真っ只中、盆の時季である。

だからお盆に欠かせない花になったのだ、と、まことしやかに言われることもある。しかし「卵が先か鶏が先か」ではないが、仏像の台座を蓮華座と呼ぶことからもわかる通り仏教との関係が先にあり、それゆえ日本のお盆の行事に使われるようになったと考えるのが筋だろう。

仏教的な世界観では、蓮華は極楽浄土に咲くありがたいお花。

不忍池に咲き乱れる蓮の花は、ひとつひとつが赤ん坊の頭ほどもあって大きく、紫みの明るい紅色の奥に雪白を滲ませた色も雅やかだ。夏限定ではあるが、繁茂した葉が広い水面を青々と埋め尽くしたようすと相俟って、天上の花がたまさか下界に咲いてくれたのだと信じたくなるほど、浮世離れした景色が現出する。

さて、蓮の花にちなんだ新旧の奇譚を綴ろうと思う。

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まずは古い方から。

生を遂げると極楽浄土で蓮の葉の上に生まれ変わることを「蓮華化生」という。

この言い伝えを悪用して、「蓮華往生」と称された恐ろしい大量殺人事件が江戸時代に起きた。

その頃、信心すれば誰もが平等に成仏して極楽に行けると説く法華経が庶民の間で大いに流行った。この教えを深く信ずるあまり、今すぐにでも成仏したいと願う信者も少なくなかったとのこと。

すると、これに着目した悪党のグループがある寺を抱き込み、確実に成仏させることを条件に、熱心な信者から多額の寄進を募りはじめた。

そして、寄付を済ませた者から順に、作り物の大きな蓮華台に乗せては、台座の下に隠れた奴が槍で突き殺して、せっせと極楽浄土に送ったのである。

すり鉢状になった巨大な蓮華台の縁に隠れて、惨殺の一部始終は誰にも見えない。断末魔の絶叫は、儀式の間ずっと信者の大集団が唱和するお題目や悪党一味のグルになった僧侶たちの読経、そして太鼓や鉦を打ち鳴らす音に掻き消された。殺した遺体は台の中に落とし込み、ただちに火葬して証拠隠滅。

かくして、神聖なはずの寺を舞台として、大量殺人が成し遂げられてしまったのである。

この「蓮華往生」事件は、実際に、上総国(千葉県中部辺り)のどこかの寺で寛政年間(1789~1801)に起きたとされる説が有力だ。

しかし、これが元禄11年(1698年)の法華寺お取り潰しに繋がったとも言われているとのこと(目黒区ホームページ「歴史を訪ねて 円融寺」を参照)。

後者の説を支えるのは、現在の東京都目黒区にある碑文谷法華寺(現・円融寺)に、当時の江戸っ子庶民のヒーローである一心太助が乗り込んで「悪僧ども、神妙にせい!」と悪党一味を成敗したという話だそうだが、これはどうも眉唾だ。

一心太助の墓が東京都内に在ることは確か。しかし、定説では一心太助は架空の人物だとされているし、いくらなんでも話が出来すぎているように思う。

なんと言っても、聖が俗に堕ちる筋立て、酸鼻を極める残酷描写、大掛かりな舞台装置と三拍子揃った、いかにも芝居向きの事件である。

明治11年(1878年)になると、歌舞伎作家・河竹黙阿弥が、江戸の一大スキャンダル「延命院事件」をメインに据えた全七幕の世話物《日月星享和政談》の一幕として、この「蓮華往生」を舞台化した。

ご存知の方が多いと思うが、延命院事件というのは、美貌にして精力絶倫の破戒僧・日道が、大奥の女をはじめ高貴かつ淫らなお女中と次々に姦淫に及んだ女犯事件だ。1803年(享和3)に事が露顕して、日道は死罪に処された。

日道が住職をしていた江戸・日暮里の延命院と「蓮華往生」が無関係なのは言うまでもない。

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では、現代の蓮池に舞台を戻そう。

上野公園の不忍池で怪奇現象に遭遇したという証言は、インターネットの掲示板やSNSに時折投稿されており、定型があると言ってしまってもよさそうな典型的なパターンがあるようだ。

それは、「深夜、2人以上で池を訪れて二手に分かれ、一方は時計回り、もう一方は逆回りに池の周囲を歩いていくと、どこまで歩いてもお互いに出会うことなく一周してしまう」というもの。

細部のバリエーションはさまざまだが、大筋は同じで、池の畔のどこかで異空間に彷徨い込んだかのごとく、あるいはメビウスの輪のように空間がねじれているかのように、当然交わるはずの線が交わらないというのだ。

つい2週間前ほど、私のもとに寄せられた体験談も、この亜種と言ってもよさそうだった。

 

「僕は東北地方の某大学に通う20歳の大学生で、この夏休みは東京都内で会社経営をしている母方の叔父の家に1ヶ月近く滞在していました。叔父の会社でアルバイトをするためでしたが、週末や会社の盆休みには従兄弟たちと遊んで過ごしました。叔父の家には2人息子がいて、次男のAくんは僕と同い年でアルバイトも一緒にやっていました。長男のBさんはすでに社会人で、数ヶ月後に結婚式を挙げる予定の婚約者がいて、彼女や、彼女の実家との付き合いが忙しそうでした。

8月に入ってすぐの土曜日のことです。その日は、Bさんの婚約者を交えて、夕方から上野にある老舗の料理屋で会食をすることになっていたのですが、急遽、部外者である僕も末席に加えてもらえることになりました。

料理屋を出たのは夜の8時頃でした。叔父と叔母が不忍池の蓮を見物したいと言うので、上野公園に行ってみたら、まだ人出があり、池の真ん中の弁天堂がライトアップされていて周辺も明るく、池の周りに来ている人たちは、みんな蓮の花や弁天堂の写真を撮っていました。

僕たちも、スマホで写真を撮りながら、蓮池の周りをそぞろ歩きました。

池を一周すると、叔父と叔母は先に帰宅すると言って去っていき、僕たち4人だけが残りました。

すると、Bさんと婚約者さんが2人だけになりたそうなようすになりました。何か言われたわけではなかったけれど、僕とAくんは空気を読んで、後で連絡するとBさんに言って、池の周りを時計回りに歩きだしました。京成上野駅やアメヤ横丁というにぎやかな繁華街の方へ向かう方角へ。

少し歩いて振り返ると、Bさんたちが反対回りに歩いて遠ざかっていくのが見えました」

「僕とAくんは公園から出てアメヤ横丁へ行き、15分くらいしてAくんがBさんに『今どうしてる?』とスマホで連絡を入れました。

既読がつかない、と、Aくんが言って、2人で不忍池に戻ったところ、Bさんたちが池のそばに立っているのが見えました。

何かこう、仲が良さそうすぎて目のやり場に困ると言うか……絶対に邪魔をしてはいけない雰囲気だったので、Aくんがまたスマホで『池に戻ってきた。そろそろ帰りたいんだけど』とメッセージを送りました。

そのとき、Bさんたちと僕らは50メートルも離れていなかったと思います。

僕とAくんからは、Bさんと婚約者の姿がはっきりと見えていました。

ところがAくんがメッセージを送信した途端、Bさんがスマホを手に取ったようすが見えないのに、メッセージに既読がついたかと思うと、『今、京成上野駅のそばにいるから、一緒に電車で帰ろう』と返信が送られてきたではありませんか。

エッとAくんと僕は驚いて顔を見合わせると、一緒に、池のそばに佇んでいるBさんと婚約者の方へ足を踏み出しました。

間違いなく、それはBさんたちでした!

でも、近づこうとしても、なぜか近づけませんでした。だって、スーッと弁天堂の方へ遠ざかっていくんですよ! 2人して和やかに池の蓮の花を見つめたまま、スーッと遠のいていくんです。足を動かして歩いているふうじゃなく、水平移動してました。

Aくんが悲鳴みたいな裏返った声で『やめよう』と言って、立ち止まりました。

言っておきますけど、辺りには、まだたくさん人がいました。真っ暗ではなかったし、Bさんたちの顔や何かも、普通でした。

だからこそ余計に怖くなったんですよね。僕とAくんは急いで京成電鉄上野駅へ行きました。そして改札前にいたBさんを見つけるや否や駆け寄って、今あったことを息せき切って伝えたんです。

そうしたら、Bさんは、なんともいえない曇った表情……泣くのを堪えているような、怒っているような、変な顔になりました。

そのとき僕は初めて気づいたんです。彼の婚約者の姿が見えないことに」

「で、Bさんに訊くと、不機嫌そうに『もう帰った』という答えです。

この日は……いえ、翌日も、Bさんがすごくピリピリした雰囲気を漂わせていたので、婚約者と何があったのか訊ねることが出来ませんでした。

3日ぐらいすると、Aくんがこっそり教えてくれました――それによれば、あのとき不忍池でBさんたちは、婚約者さんの前の彼氏と偶然出会ってしまったそうなんです。彼女はその男性とちゃんと別れていなかったことがその場で発覚して、Bさんと婚約者と前の男とで揉めてしまったとか。

結局、Bさんたちは婚約を解消することになりました。

その後、叔父はBさんの婚約者に対して非常に腹を立てて、あるとき、僕とAくんがいる前で、不忍池で撮った写真を全部消すと言ってスマホを取り出しました。

あの夜、叔父は嬉しそうにたくさん写真を撮っていましたからね。僕までなんだか悲しくなりました。Aくんも黙って父親を見守る感じで……。

でも、すぐに叔父が『あれ?』と首を傾げたんですよ。

婚約者の写真がないと言うんですね。彼女だけが写っていない、と。

そんな馬鹿なと思いまして、僕とAくんもスマホを見せてもらったんですけど、全員で撮った写真にも、彼女の姿はありませんでした。

Bさんの横に不自然な空間があって、そこに確かにいたはずの女性が消えていたんです。

……あんまり怖くない話で、すみません。

でもね、僕は、写真から彼女が消えたことを叔父から聞かされたときにBさんが、『死んだんじゃないか』と言った声や顔つきが忘れられないんです。

目を輝かせていて、ね。ちょっと喜んでいるようにさえ思えました。

『死ね、と、思いながら、俺のスマホからはあいつは全部削除した。だから死んだんじゃないか?』って言ってました。

自分を裏切った婚約者が死ねばいいと思ったんでしょうね。あんなに仲睦まじいようすだったのに、一転して、死ねと呪ったわけですよ。

そんなBさんのことを怖いとも感じましたが、でも、僕もちょっと期待してしまったんですよね。

Bさんのために、あの女、本当に死んでいるといいなって」

「だから怖いと言うなら、Bさんだけじゃなく、僕だって怖い。Aくんに話したら、Aくんも『写ってないんだから、死んだのかもね』と言ったので、Aくんも恐ろしい。

綺麗な人だったのに、いろいろと残念なことですが、ええ、僕たちの中ではもう彼女は此の世の人ではないんですよ。写真から消えると同時に、本当に亡くなっていたとしても少しも不思議ではないと今でも思ってます」

 

この話を聴いて、私は、不忍池に伝わる感応丸と柳の前の伝説を想い起した。

太田道灌が江戸城を築いて間もない頃のこと。道灌の2人の家臣が上野台の東と西にそれぞれ屋敷を構えていた。東の家には感応丸という15歳になる息子がおり、西の家には柳の前という美しい娘がいて、いつしか2人は恋に落ち、池のほとりで逢瀬を繰り返す仲となった。

これを面白くないと思ったのが、西の家の奥方。彼女は後妻で、日頃から継子の美貌を妬んで苛めていたので、さっそく意地の悪いことを思いついた。

池に、若い2人が毎晩往き来する粗末な木橋が架かっている。これを細工して、渡ればたちまち池に落ちるようにした。

凍てつく季節だったから、うまくいけば柳の前を殺せるだろうと思ったのだ。

が、予想に反して、池に落ちたのは東の家の感応丸だった。

水音を聞いて柳の前が駆けつけたとき、少年はすでに事切れていた。

柳の前も、すぐに後を追って池に身を投げ、自死を遂げた。

――恋人たちの、忍ぶ能わず。

成就しない恋の池。このときからここは「不忍池」と呼ばれるようになったのだという。(川奈まり子の奇譚蒐集・連載【三二】)

※参照資料
稲垣史生『考証 江戸の面影』~「上野のお山が名所となるまで」より

柴田錬三郎『赤い影法師』~「前夜行」より

 

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