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北海道に眠る都市伝説、実在する「人柱トンネル」を訪ねて

TABLO / 2015年5月29日 18時0分

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 たくさんの死者を出し、それを人柱として埋めながら作ったという、戦前のトンネルが北海道にはいくつかある。その中で、すでに使われていないトンネルを見に行き、中まで入ってみた。

 北海道のど真ん中に新得という町がある。ここは日高山脈の東側に位置する人口約7000人の酪農が盛んな町だ。ここから日高山脈方向へ国道38号線をまっすぐ数キロ、車で走る。店やそば畑、牧場といった集落の風景は姿を消し、沿道は原生林の広がる、カーブの続く上り坂になってくる。

 新得の町から15キロほど。国道を外れ、砂利道に入る。そこから車と徒歩で3キロ行った深い森の中に新内隧道という、明治末期に作られた長さ124メートルの古いトンネルの入り口があった。ヒマワリの花びらのようにギザギザした切石で構成されている入り口から中へ行く。中は植物が生えていない砂地になっていた。トンネルの天井は黒く煤けていて、急勾配のためにSLが凄まじい煤煙を噴出していたことがわかった。土砂が堆積し、20メートルほどで行き止まりになった。

 反対側に回ると、排水用らしき四角い穴や待避坑といった人工物があった。石にまとわりつくムカデや天井で身を潜めている蛾の成虫、天井に50匹ほどが固まっているコウモリと生き物がいるのを見つけたりもした。

http://n-knuckles.com/discover/img/hitobashiton02.JPG

 コウモリはライトを手にした人間が現れて驚いたのか、キーキーとしきりに鳴きながら暗闇の中を飛び回りはじめた。足もとには糞が堆積し、悪臭を放っていたこともあり、僕は一瞬パニック状態となった。それでも川口浩探検隊に憧れていた僕は何とか堪えた。そして、さらに50メートルほど歩き、土砂が堆積し行き止まりになっているところまで行ってから引き返した。

 この新内隧道と、近くに作られた狩勝隧道という二つのトンネル。これらを作るために、明治の末期、常時約1000人もの関係者が掘削に従事した。労務者たちは、棒頭という監視者に怯えながら過酷な労働に従事した。彼らの滞在先は監獄部屋に似た構造の粗末な部屋で、食事は米と味噌だけという大変粗末なものだった。

 病気にかかったり、栄養不足で衰弱したり、労働不能となった者が出ると、その都度、撲殺され、埋められたという。固い岩盤と湧水のため、工事は困難を極めた。二つのトンネルが完成するまでに3年半という歳月とたくさんの人命を要したという。

 そんな、たくさんの人が亡くなった末に作られたトンネルも高度成長の波にはあらがえなかった。昭和41(1966)年、根室本線の新線の開通とともに廃止されてしまった。

Written Photo by 西牟田靖

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