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「前例がない」と自殺防止担当の保健所で門前払いされた雨降りの思い出。どう言い返せば正解だったろうか|成宮アイコ・連載

TABLO / 2018年6月20日 11時0分


見る「ふり」もされなかった資料

 いわゆる、門前払いでした。
 S区の自殺防止担当の保健所の前で、明らかに落胆したわたしを見て、付き添ってくれた区議会議員Aさんは、「まだまだこれから変わっていくはずです」と気遣ってくれました。

「区の後援をもらったほうがチラシを置いてもらえる場所が増えやすいので、保健所に相談に行きましょう」

 自殺防止週間に関連したイベントに出演をすることになり、福祉関係者だけではなくて当事者が参加できる内容にしたいと思っていたところ、Aさんがそう言ってアポイントをとってくれました。

 わたしは普段、こうして文章を書くほかに、自分の過去の経験にリアルタイムで起こっている社会のことをからめて書いた詩(のようなもの)の朗読をするライブ活動をしています。バンドや弾き語りの方と対バンをするような音楽ライブハウス、福祉関連のイベントや定時制学校や看護大学、メンタルヘルス当事者が主催するイベントなどさまざまな場所で朗読をします。ときには、読んでほしいことを募集して、投稿してもらったものを読んだりもします。
 打ち合わせ前日、そういった過去の資料をファイリングし、透明のファイルに順番にまとめました。

「イベントに出演する側だけではなくて、その場所に見に来た人や、具合がわるくて見に来られなかったけれど参加をしたかった人が声をあげられる場所にしたい。それを見た人が、自分も同じだ、とほっとするかもしれないんです。」

 手渡した資料は見る「ふり」もされないまま、机に置かれています。

「現状、専門家を育てる講演会をたくさん実施しているんです。当事者発信というのは前例がありませんし、手がまわらないのでのちほど考えてみますね」


「それでも、やっていくしかないんですよね」

 唖然としているわたしたちを前に、隣にいた職員さんと会話がはじまりました。

「S区の自殺率は年々、下がっているんです」
「去年なんて3ケタを切ったんですよね」

 3ケタを切ったからなんだと言うのでしょう。

 人ひとりの重み、わかっていますか? と机を叩きたい気持ちになりましたが、一緒に行ってくださったAさんの立場を思い、息を飲み込みます。のどの奥がしめつけられるような、梅干しやレモンを見たときのような、奥歯のあたりがズンっと痛い気持ちがしました。
 言葉にならない煮えるような気持ちをおさえて、意識をまぎらわします。どうせ捨てるか、積んだままにするのなら、その透明ファイルだけでも返してもらいたいな。会議室を出て、ふたりとも無言のままビルの入り口にもどると、雨がザーザー降っていました。

 駅につくまえにAさんは、「寄っていきましょうか」とコメダコーヒーに連れていってくれました。頼んでもらったロールケーキを食べながら、すっかり意気消沈したわたしに、「まだまだ変わっていくはずです」と静かに言葉をかけてくれました。そういえばAさんの事務所は、地域の人のふれあいの場となる作業所・喫茶店が併設されています。きっと、こういったことを何度も経験をして、それでも続けてきたのだと思うと、のどの奥がまたギュっと痛くなりました。

 「それでも、やっていくしかないんですよね」
 そう言いたかったのですが、口をひらいたら泣いてしまいそうで、声になりません。それでもやっていくしかない、そう思い続けることは全然簡単ではないからです。わたしは、自分の意思の脆さを、こわいと思いました。
 当事者に手がまわらないことのなにが福祉だ。そして、こんなに悲しくても、ケーキはちゃんと甘かったです。

 3ケタを切ったと言われる数字のなかには、改札ですれちがったことがあるひとがいるかもしれませんし、西友で同じレジに並んでいたひとかもしれません。あなただったかもしれないし、もしかしたら、わたしだったかもしれない。生き死にのことはいつもリアルに浮かびます。
 ひとりひとりの人生の重みはなにひとつ変わらない。それは、たとえ1ケタになろうと同じです。自殺者がゼロになるまではずっと、同じ重みで考えるべきことではないのか、死ぬことしか選択肢がなくなる人生がゼロになるまでずっと。
 やはり、きれいごとでしょうか。

  もう会えなくなった人たちを思い出しました。
 「次に会うときに渡したいものがあるので楽しみにしていてください」と言ったまま、会えなくなってしまったひと。「アイコはわたしの片割れだから」と言ったのに、いなくなったあの子。

 前例がないという言葉に、どんな風に言い返せば正解だったでしょうか。


本人にしか言えない自分自身のこと

 石川県・金沢に呼んでいただき、朗読ライブをしに行きました。そのイベントは前半に、「生きづらさオープンマイク」という企画があり、老若男女さまざまな人が10名ほど5分ずつの朗読をしていました。

 休職中の旅の話をするひと、片付けができないから鍵やスマホの形にくりぬいたお片づけケースを説明するひと、勢いで応募をして今日までとりあえず生きようと決めてきましたというひと、友人の詩を代読するひと、夢のはなし、誰にもはなせなかったこと。
 緊張でどもる声も、原稿を持つ手の震えも、読み終わってから柔らかくなる表情も、うなづきながら、ときに目をつむりながら聞いている会場の人の顔も、つい笑ってしか話せないようなきつい過去も、それぞれのあなたにしか言えない本音は、どれもちゃんと美しくて、「本人にしか言えない自分自身のことは、こんなにも意味があるじゃないか!」と思いました。(また、「他人が個人ひとりひとりのときに、なにを考えているのか」が知りたくてたまらない気持ちも満たされるので最高です)

 イベント後、オープンマイクに出た人どうしが、それを聞いていた人どうしが、それぞれ声をかけあっていました。「実は自分もそういう経験があって」「いまの自分と同じような気持ちでした」「地元にもおなじ気持ちの人がいたなんて」

 きっと2回目以降は地元の人同士で続いていくような気がします。現に2回目開催のお話は進んでいるようです。同じ場所にいた人どうしでストーリーは進みます。そこにわたしはいてもいなくても変わりません。それはとても嬉しいできごとでした。
 わたしが重要視しているのは、自分の文章や詩を覚えてもらうことではなくて、伝達をする "媒体" になることなので、それぞれの人生がどうか終わらないように、それぞれが口を開こうとする「きっかけ」を作れるようにいたいのです。なぜなら、わたしがそうしてもらってきたから。

 そのために、「朗読」という手段は有効ではないかと思っています。

 人との会話は、予想がつかないところから球が来たり、声を発するタイミングを読んだり、とても緊張して難しいものですが、「書いてきた文章を読む/文字を読みあげる」ということならば、とっさの判断もいらないし、気の利いた言葉を投げ返さなくてはいけないという使命感もいりません。
 「やっぱりああ言えばよかった」「重要なことが言えなかった」という心配もありません。正確な独白ができます。

 「実家に帰るのがこわい」「さみしくて生きているだけでつらい」「美容室が緊張するから自分で髪を切って失敗した」「愛されたい」など、隠しておきたいけれど、抱えきれないまま蓄積していくつらさも、「これは書いたものを読んでいるだけです」というテイがあると、なぜだか声に出せてしまうから不思議です。

 きどった言葉で装飾をしてもいいし、感情過多でLINEのような文章でもいい。だって、書いてあるものを読んでいるだけだから。そういうテイがあるのだから。


前例がないのならば、こうしてみんなで作っていけばいい

 この日のことは、金沢の新聞社さんが3社もとりあげてくれました。
 送っていただいた記事を見ながら、あの雨の日に聞いた、「前例がないので」という言葉を思い出して、頭のなかで、「前例がないのならば、こうしてみんなで、たくさん作っていきますね」と言い返してみます。なんだかやっと、気持ちが楽になりました。

 そう、
こうしてみんなでたくさん作っていけばいい。これからもこの形で各地をまわる予定があります。都内でも開催できればと思っています。あなたの考えていることを、あなたの声で聞かせてください。きっと誰かが頷き、自分もそうだった、と思うひとがいます。

 「死にたい」を絶対やめろと否定もできないし、推奨はしたくありません。だからせめて、どうしたら死にたいと思わなくてもいい世界になるか、「それでも、やっていくしかないんですよね」と言いながら、わたしたちはできるだけ考えることをやめないでいたいのです。たとえ年間で3ケタを切ろうとも。

(成宮アイコ・連載『傷つかない人間なんていると思うなよ』第十六回)

文◎成宮アイコ
https://twitter.com/aico_narumiya

赤い紙に書いた詩や短歌を読み捨てていく朗読詩人。
朗読ライブが『スーパーニュース』や『朝日新聞』に取り上げられ全国で興行。
生きづらさや社会問題に対する赤裸々な言動により
たびたびネット上のコンテンツを削除されるが絶対に黙らないでいようと決めている。
2017年9月「あなたとわたしのドキュメンタリー」(書肆侃侃房)刊行。

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