【ショートストーリー】恋してみたら? 第18話 「ルール違反 <恭平 ②>」

恋学 / 2014年4月3日 2時0分

大人でも泣いちゃっていいですか?

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見てはいけない。そう思うのに絵美ちゃんから目が離せない。
あの笑顔、髪を耳に掛ける仕草。何百回も夢で反芻した彼女がそこにいる。
自分じゃない、見知らぬ中年男に、あの丸い瞳で語りかけている。
「あの…」、明らかに落ち着きを無くした恭平に、お相手がやっとというように声を漏らした時、絵美ちゃんが携帯を手に立ち上がった。
「ちょっと失礼」、恭平は後先を考えず追いかけた。

会えたら言いたい、聞きたいと思っていた事が山のようにあった。
なのに。
「つけてきたの?」
エレベーター前で呼び止めた彼女の怯えたような第一声。予期せぬ言葉に恭平の勢いは無残に萎んでいく。
「ち、ちがうよ。たまたま見掛けて…」
「なあんだ、びっくりした。そっちもお見合い? じゃお互い頑張りましょ」
さっさと行き過ぎる後ろ姿に追いすがった。
「待って。でも僕たち、まだ説明もなにも」
「説明? 結婚無理って思っただけじゃん」
「でも、プレゼントもして、絵美ちゃん喜んでくれて」
彼女の瞳がみるみる嫌悪感と軽蔑の色に変わる。
「損したとかそういうこと? でも私が買ってとか言ったわけじゃないですよね?」
「違うんだ。僕はただ、絵美ちゃんと結婚したいと思ってたから…」
掴んだ手を邪険に振り払われた。
「やだキモイ! こういうの相談室に言えば、ルール違反で罰則になるんですよ!」

席に戻ると、お相手はホッとした顔をした。置き去りにされたとでも思ったらしい。恭平とて本当はそうしたかった。だが、それはあまりに勝手だろう。……窓際の席にまだ絵美ちゃんは戻っていなかった。
「出ましょう」
恭平はレシートを掴むと、相手の返事も待たずレジに向かう。一刻も早くここから脱出したかった。ここから? いや、もう全世界から逃げ出したい! 全てを捨てて、地球の裏側にでも身を隠してしまいたい気分だ。

無言でエレベーターを降り、早足でホテルを後にする。
キモイ、キモイキモイキモイ……絵美ちゃんの声が頭の中で鳴り響いていた。
悲しいのか、悔しいのか、恥ずかしいのか、その全部なのか、ごちゃごちゃの思いが腹の底からマグマのように湧きあがってくる。
恭平とて、我を知らないわけではない。40過ぎの、髪も寂しくなりかけの、彼女いない歴10年の、要はモテ男でない事は充分自覚している。
だが、そこまでか?! そこまでの扱いを受けなきゃならないのか、俺は!?

「あの…もう少しゆっくり歩いてもらえません?」
遠慮がちな声に我に返った。そういえばヒールのコツコツという音が後ろからついてきていた。
「すみません。ちょっとボク気分悪くなって。今日は、これでってことで」
限界だった。早く一人になりたい。40男の言うことではないが、一人になって思う存分、声をあげて泣きたい。なんなら今すぐここにしゃがみこんで、子供のようにオイオイ泣きじゃくりたいくらいだ。
って……えっ?!
わぁっ、という突然の破裂音に振り返った恭平は、唖然とした。
いやあの、え? なんで?!
しゃがみこんでオイオイ泣き始めたのだ。
恭平ではなく、彼女が。
                                                                          つづく

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