「不幸の共有」ができることは幸せ?or不幸せ?

恋学 / 2014年4月15日 5時27分

「不幸の共有」という言葉を聞いたことがありますか?

少し前、この言葉がTwitterで小さな話題になりました。「不幸の共有をしない女性こそ、男性にとって魅力的な女性である」というような内容でした。

さて、この「不幸の共有」とは、一体どういったものなのでしょう。またこの言葉について、私たち女性はどのように考えたらよいのでしょうか。

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「不幸の共有」って、どんなもののことを言うの?

シンプルに言ってしまえば、「不幸の共有」とは「自分の不幸をパートナーにわけてしまうこと」のようです。「好きな人といれば嬉しいことは2倍に、悲しいことは半分になる」といった言葉もありましたが、この「悲しいことは半分になる」の部分をやめよう、という提言ですね。

悲しいことは分かち合うのではなく、自分で抱え込める女性こそが素晴しい、ということのようなのです。

「不幸の共有をしない」とはどういうこと?

逆に考えてみましょう。もし、みなさんの恋人が「不幸の共有をしない」人だったとしたら。

もしかしたら「いつでも笑っていられる」「悩まされることのない」パートナーになるかもしれません。けれど何の悩みも不安もリアルタイムでは打ち明けてもらえないことに、無力感を抱いてしまうことはないでしょうか。

苦しみも悲しみも一緒に乗り越えていけるような、そんな結びつきの強さを感じられず不安になったり、距離を感じてもどかしく思ったりすることはないでしょうか。

不幸の共有をしたくない、という人と恋をしてしまったら?

もし、そういう相手と恋愛してしまったら。とれる行動は2つに1つです。その人にとっての魅力的な女性になるべく「不幸の共有」をしない自分になるか、もしくは別の相手を探すかです。

どちらがいいor悪いといった答えはありません。考えようによっては、ネガティブな出来事を一緒に超えていけるというのは、大きな喜びのひとつでもあるはず。不幸の共有を遠ざけるというのは、実は喜びの共有を遠ざけることとも繋がっているのです。

自分がどうしたいのか、どう相手と向き合って行きたいのか。もしくはどのような相手と向き合っていきたいのかを丁寧に考えてみる以外に、自分の答えを出すこともまたできないでしょう。

好きな人とすごす時間というのは、かけがえのない貴重なものです。その時間が少しでも豊かなものになるよう、自身にとっての「不幸の共有」がどんなものなのか、一度考える時間を持ちたいですね。

恋学コラム

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