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【ショートストーリー】恋してみたら? 第30話 「三姉妹 ③」

KOIGAKU / 2014年6月26日 7時0分

「お姉ちゃんには分からない」
妹たちは声を揃えて言う。
しあわせ過ぎるから 恋に悩んだことがないから
しあわせって何だろう?いや、
それより私が知りたいのは・・・
20140626

 二杯目の紅茶は苦みが強過ぎた。
一口飲んでカップを置いたまま、文子はぼんやり窓の外を見る。
 末っ子の恭子からお見合いの結果報告がある筈だが、メールは一向に着信しない。中の妹真理子に電話でもしたいが、パート中は嫌がられてしまう。・・・

 夕方までの数時間が辛くなったのは、いつ頃からだろう。
夫は、習い事でも、友達との買い物でも、好きにすればいいと言う。
実際、英会話を習ったり、友達を誘ってみたりした事はあるが、使うあてのない英語は頭に入らなかったし、子供のいる友達とは話も時間も合わなかった。
独身の友人は仕事や恋人探しにしか興味がないし、子供のいない親友は御主人とレストランを始めて大忙しだし。

 「ないものねだりよ」、と、真理子は言う。
彼女にかかると、文子の悩みはセレブ主婦の我が儘で片付けられる。
確かに生活には余裕がある。子供だって、まだ可能性がないわけではない。
夫はあまり熱心に協力してくれないけれど。
 夫の啓治は経営コンサルタントという仕事柄、出張が多い。だが家で夕飯をとる時は「美味しかった」と言ってくれるし、話も聞いてくれる。記念日には花も贈ってくれる。声をあげて怒鳴る事もない。
穏やかな日々――――でもそれがずっと続くと思うと、胸にあぶくのような不安がぷつりと涌き、それはぶくぶくと黒雲のように広がっていくのだ。

 大学2年の時、サークルの先輩から啓治を紹介された。スマートで物識りで、優しい彼氏。初めての経験は全部啓治で、波風も立たずそのまま時間が流れた。・・・披露宴で誰かが、「熱烈な恋を実らせ」とスピーチしてくれたが、あれが果たして恋だったのかと問われると、本当のところ文子には分からない。

 覚えている。真理子が携帯を握りしめて外へ飛び出して行った夜を。
夜中に帰った彼女は父に怒鳴られたが、頬を高揚させ、熱に浮かされているみたいだった。何があったのか分からないけど、あれから真理子は少し遠くへ行ってしまった気がする。
 覚えている。恭子がベッドで泣きじゃくっていた夕暮れを。
文子は、いつか幸せな恋がみつかるわと小さい妹を慰めた。でも、「無理よ」と駄々をこねる声は子供の頃のままなのに、潤んだ瞳は知らない女性に見えた。思わず抱く手を緩めるほど、妹が大人に思えた日。・・・

 「お姉ちゃんには分からない」 妹たちは声を揃えて言う。
しあわせ過ぎるから。恋に悩んだことがないから。
しあわせって何だろう?いや、
それより私が知りたいのは・・・

「私がいなくなったら、どうする?」
夫に聞いたら、
「出掛ける時は、メール入れといてよ」
と、答えられた。上の空。
彼には、たぶん恋人がいる。いい気はしないけれど、マグマのような怒りも、胸を引き裂かれる悲しみも湧いてこない。夫は必ず家に帰ってくるし、私を大切にしてくれる。それはずっと変わらないから。
出来れば夫にだって聞いてみたい位だ。
恋ってどんな感じなの?私にはもう出来ないのかな?

 文子はカップを持ち上げた。
ばかみたい、よね。
やっぱり今日の紅茶は苦すぎる。

                                       (つづく)

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