【読みきりショートストーリー】恋愛カウンセラー日記「駆け引き」

恋学 / 2014年8月27日 2時30分

必要な“駆け引き”だってある
悪いことなんかじゃない
それだって 恋の時間
20140827

 「そろそろ結婚のこと考えない?」
加奈子が最初に言い出したのは、もう1年ほど前の事。
俺は、一応頷いたけど、すぐ何気なく話題を逸らした。
今はまだそこを見つめたくない、てのが本音。
 職場に派遣で来てた加奈子と付き合って5年。
2つ下の彼女も27才になったから、考え始めるのは当然なんだけど。

 気は合ってる。というか楽。
黙ってたって気詰まりにもならないし、話題を探す必要もない。
当たり前になっている週末のデート。
と言っても加奈子が俺の部屋に来るだけ。
手料理を食べたり、DVDを観たり・・・
でも、それだけで浮き浮きした時代はもう過ぎた。
 倦怠期と言ってしまえばそれまでだけど、
職場恋愛して、結婚して家庭をもって、子供が出来て・・・と考えると、
すごくガッカリするっていうか。

 大学出て暫くはバンドやってて、実はCDデビューなんか目指してた。
今だって、たまにだけど、当時のファンの子からメールが来たりする。
そのたび、“俺は特別だ”って思ってた時代を思い出す。
今は、“特別じゃない”ってのを毎日知らされながら生きてるわけだけど、加奈子と結婚すると、それが決定しちゃう気がして。

 “結婚”の話題をいい加減に流してるうちに、いつのまにか加奈子は言わなくなった。
そのかわりに、何となく態度が変わって行った。
まずメールから絵文字が消えた。
律儀な彼女が返信は翌日が定番になった。
ん?
文章が短い。使わなかった“ですます調”になってる。・・・
あれ?
些細な事ばかりだけど、だんだん気になってきた。
電話に時々しかでない。かけ直してこないから、心配になってかけると、
「ごめん、忘れてた」なんて普通の声で言う。
あれあれ?

 ある土曜日、加奈子は部屋に来なかった。
「ちょっと急用が出来て」
奥歯にものが挟まったような言い方が気になって、日曜日に問い詰めると、
「・・・親の紹介でお見合いしたの。断るから気にしないで」
なんて言うではないか。結婚の話を流した俺は怒るわけにもいかない。

 1月後には金曜日に連絡を取り合わないと、週末を一緒に過ごせなくなった。
前は黙っていても部屋に来た加奈子が、
「連絡取れなかったから予定入れちゃった」、などと言う。しかも・・・
なんやかやといいわけして、彼女は外で会っても、部屋を訪れなくなった。
 かといって別れ話がでたわけでもない。
電話にもたまには出るし、メールの返信も遅れがちではあるが、くる。
 一体どういうわけなんだろう。・・・
気づくと俺は四六時中、加奈子の事を考えるようになっていた。

 その週末―――俺は強引に加奈子を部屋に誘った。
加奈子がいるだけで、部屋が華やぐ気がする。
「・・・結婚のこと話し合おう」
決心の一言を口に乗せると、ソファに腰掛けた加奈子の顔に笑みが広がった。
「カウンセラーさんの言う通りだ。ほんとはさ、駆け引きなんて嫌だったんだけど」
駆け引き?・・・そうか、俺は踊らされていたのか。
ちょっと悔しかったけど、今は先に済ませたい事がある。
「キスしてもいい?」
コクリと頷いた加奈子のうなじの白さに、俺は少年のように緊張してた。
 その時、何年経っても、何十年経っても、この「特別な」瞬間を覚えていようと思った。

                                             おわり

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