江戸時代のセックス、ここが良かった悪かった

恋学 / 2014年11月14日 15時4分

先日、Googleで昔のことを色々と調べようと思っていましたところ「江戸時代」と入力した時点で予測変換のド頭に「性」という候補が出てきました。

せっかくなので当時の性についての色々な情報を漁ってみたのですが、意外とこれが面白かったので、今回一部をご紹介させていただきます。
今回は、当時の性についての一般的な風潮を振り返ってみたいと思います。

江戸時代のセックス トップ

国民総リア充!江戸時代、庶民は性を今以上に謳歌していた!

江戸時代と言えば既に日本は太平の世。
戦という戦もなく、多くの町々では人々が安穏と暮らしていられた時代です。
そうなると娯楽を追及する暇が生まれるわけですが、歌舞伎などの芝居や相撲が、特に盛況な時期となっていました。
このような娯楽が人々を楽しませていた頃、もう一つの魅力的な遊びだったのが恋愛です。

当時、屋敷の主と奉公人などの、身分の違う男女の恋愛は禁じられていたものの、実際にはこれは建前も良いところであったと言います。
性観念が今よりもずっと低く、男女ともに10代の早い時期から結婚することが特に問題視されてもいなかったため、若くして性の虜になる男女が現代よりもずっと多いものでした。
言ってしまえば今よりも娯楽はずっと少ないわけですので、その分男女は密会をして愛し合うという楽しみを追求していたということでしょう。

これに加えてお見合いなども盛んであったため、この時代のように「40代男性の○割が童貞で~」という悲惨なデータが問題視されることもありません。
今よりもずっと多くの男女が恋愛を楽しめた時代。それが当時の日本でした。

江戸時代のセックス 本文

貞操観念の低さが招いた災厄

しかし、良いことばかりでもありませんでした。
日本は島国でしたので長いこと厄介な病気が異国から持ち込まれることはありませんでしたが、江戸時代から遡ること300年少々。海外から数々の交易品とともに、性病までもが持ち込まれていました。

それも命に関わる危険な梅毒です。
長らく危険な性病とは無縁だった日本では、男女が姦淫をしようと深刻な症状に陥るケースは稀でしたが、戦国時代以降は一部の人々が梅毒に感染し、顔が崩れるなどの症状が現れたといいます。

ところが明確な治療法もなく、そして人間が性欲を抑えることも難しいとあって、徐々に梅毒は日本中に伝播していくこととなったのです。
江戸時代においては、一般的な町民がこれに感染してしまうことも多かったようですね。

人骨を基にその人物が過去に侵された病気について解析する「古病理学」という分野があるのですが、これによると、これまでに調査された江戸時代の人々の人骨を見る限り、およそ3%が梅毒に感染していたことが分かっています。

骨にまで梅毒の形跡が残るのは重篤な患者であり、実際にはその数倍の人々が梅毒に感染していた可能性が高いようです。
性に奔放な時代というのも、一長一短ですね。

今回のまとめ

現代では性病の治療法、予防法もある程度確立されるようになりました。
しかし一方で、そもそもセックスをしないため感染の可能性がゼロという男女も増えてきました。
江戸時代とは全く正反対な問題が、この現代社会でも暗い影を落としています。

恋学コラム

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