羊の皮を被った狼! M3エンジン搭載のナロー3シリーズとは
くるまのニュース / 2020年9月15日 19時10分
イタリアなどでは、税制上で有利なため2リッター化したエンジンを搭載したモデルはフェラーリにもあるが、実はレースシーンで大活躍したBMW「M3」にもあった。ただし、外観はノーマルの3シリーズという、本当の「羊の皮を被った」BMWを紹介しよう。
■税制上、2リッター化したエンジンを搭載
言わずと知れたBMW「M3」。初代モデルはE30型3シリーズをベースに、ブリスターフェンダーを装備し、「M1」にも搭載されていたM88型6気筒から2気筒を排除して作られた、2.3リッターS14型4気筒エンジンを載せた、レースへの参戦を目的としたモデルだった。
のちにこのE30 M3には、DTM(ドイツ・ツーリングカー・選手権)のレギュレーション変更に合わせて、排気量を2.5リッターに拡大したエンジンを搭載した「スポーツエボリューション」というモデルも登場している。
あくまでレースに参戦するためのモデルとして作られたこの初代M3、生産されたのは1985年から1990年と、すでに30年以上前のこととなるのだが、いまだにその人気は衰えない。
約350万円で落札された1998年式BMW「320is」(C)2020 Courtesy of RM Sotheby's
ところが、である。そのころのイタリアとポルトガルでは、排気量が2リッターを超える車両には重税が課されるという政策が採られていた。かつて昭和の時代は日本でも、3ナンバー車は自動車税を一律に高い課税としていた時期があったが、つまりはそれと同じような施策だ。
その施策のおかげというか、施策のせいで日本では、5ナンバー枠に収まる1700mmの車幅と、2リッター以下のエンジンという範囲のなかで、自動車メーカー各社は高性能さをアピールすべく、技術を競いあっていた。
逆に、その枠を超える3ナンバー車は、富裕層向けのクルマとして作られていた、ということもいえる。
それと同じことが、イタリアやポルトガルでもおこなわれていたのである。今回紹介するBMW「320is」というモデルも、そうした施策のひとつだ。
このクルマはイタリアおよびポルトガルの重価税政策を避けるために作られたもの。ベースとなっているのは、2ドアボディのE30型3シリーズクーペなのだが、搭載されているエンジンは、M3に搭載されていたS14型をベースに、ショートストローク化によって排気量を2リッターに収めたものとなっている。
具体的な数値でいうと、S14型のストロークが84mmだったのに対し、こちらは72.6mm。排気量は2302ccだったものが、1990ccとなっている。
ただ、最高出力に関しては、オリジナルのS14型が日本仕様では195ps、触媒レスとしたヨーロッパ仕様では、のちに200ps/6750rpmだったのに対し、高圧縮比としたことやカムプロフィールの変更などによって、192ps/6900rpmを発生。排気量が小さいぶん、トルクは若干薄くなってはいるが、高回転まで回せることで、最大出力自体はわずかな違いとなっている。
ミッションはM3の場合、後期モデルになるとZF社製のノーマルパターン5速MTが搭載されるようになったが、こちらはM3の初期と同じくゲトラグ製のレーシングパターン、左ハンドルの場合、手前下が1速となる5速MTのみを搭載している。
ファイナルギアのギア比を、オリジナルのM3よりも低いものとしたことで、加速性能は遜色ないものとなっていた。
しかし、見た目上では、2リッターバージョンのS14エンジンを搭載したモデルである、というアピール度は低い。この320isは、写真の2ドアボディ(AK95)のほか、4ドアボディ(AC95)も用意されていたが、2ドアの方に装備されていたエアロパーツはMテクニックによるもので、これはレギュラーモデルでもオプションとして装備が可能なものだ。デュアルテールのマフラーも、6気筒エンジンを搭載した325iスポーツと同じもの。
4ドアボディにいたっては、エアロパーツも装備されていなかったため、唯一のアピールポイントは、トランクリッドに装備された「320is」のエンブレムのみとなっている。
インテリアを見ても、違いはわずかなものとなっている。メーターは油圧計が装備されたM3と同じものだが、そこにMの文字はなく、指針も白色の通常のものだ。ステアリングはMテクニックのものだが、これも他モデルもオプション装備ができたため、見た目での判別は難しくなっている。
■エンジン以外はフツーという羊狼な3シリーズとは?
M3のエンジンをショートストローク化したイタリア仕様の320isが、サザビーのオークションに出品された。この個体はAK95、つまり2ドアボディなのだが、資料によると320isの2ドアボディは、2540台しか生産されなかったとのこと。
●1998 BMW 320is
M3に搭載されていたS14型をベースに、ショートストローク化によって排気量を2.0リッターとしたエンジンを搭載(C)2020 Courtesy of RM Sotheby's
ボディカラーはダイアモンド・ブラック・メタリックで、これは1987年9月から1990年11月までに生産されたAK95とAC95に施されたボディカラーとなっている。
本来はトランクリッドに装備されている、320isのエンブレムは、レス仕様となっている。これは初代のオーナーがオーダーをしたときに、レス仕様としたものではないかと推察されるが、詳細は不明。
逆アリゲーター式のボンネットを開けたエンジンルームには、見た目からでは2リッターであることが判別できない、S14型エンジンが搭載されている。結晶塗装の状態もいい。
インテリアでいえばシートはファブリックとレザーのコンビだが、擦れ感はなし。樹脂製パネルなども、非常に状態がいい。走行距離はメーターによると1万6000kmあまりとなっているが、おそらくこのエンジンルームやインテリアの状態の良さからすると、正しい数値なのではないかと思われる。
また、純正で装備されていたサンルーフは問題なく動くほか、ホイールは当時大人気だったBBS製1ピースをセット。純正ホイールではないが、1980年代BMWカスタムの定番のホイールなのでマイナス評価になることはまずない。
標準装備されていた車載工具は、ジャッキも含めてすべて揃っており、イタリアのディーラーが整備をしていたことを示す、整備記録簿も付属している。
そんな320isだが、オークションでは2万4750ポンド(約350万円)での落札となった。当時、日本でのE30 M3の販売価格は、658万円。1989年に発売された、2リッターターボ4WDの三菱「ギャランVR−4」が284万円、スバルの初代「レガシィRS」が286万円だった頃である。
1992年に発売された同じく2リッターターボ4WDのランチア「デルタHFインテグラーレ」が、税別495万円だったということを考えても、この685万円がいかに高かったのか、想像がつくだろう。
現在、E30 M3は2.3リッターモデルが500万円以上、スポーツエボリューションに至っては1000万円以上でも不思議ではないが、そのほかのE30 3シリーズモデルとして約350万円とは、破格のプライスである。
ちなみに320isは、日本国内にも並行輸入された個体が数台存在している。庶民の立場でいえば、税金が高いのは困る。そこでその条件をクリアするために開発する自動車メーカーの苦労が偲ばれ、またレアモデルだからこそ後々価値があがるというのも、クルマのおもしろいところである。
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