「Sクラス」にワゴンがあった! 謎の「560TELエステート」驚きの落札価格とは?
くるまのニュース / 2021年2月5日 11時50分
新型が発表されたばかりのメルセデス・ベンツ「Sクラス」であるが、これまでSクラスにはワゴンはラインナップしていない。しかし、いつの世にも好事家がいて、ワゴン化されたSクラスが存在する。そこで、最新オークションで思わぬ高値で落札された1台を紹介する。
■欧州各国のコーチビルダーがこぞって参入したSクラス・ワゴンのカスタム
アメリカ発祥と推測される「エステートワゴン」ないしは「ステーションワゴン」は、1960年代にはヨーロッパにも波及。メルセデス・ベンツも当時「コンパクト・メルセデス」と呼ばれていたW123時代中途の1977年から、初めて「T」の車名を掲げるエステートワゴン(S123系)を設定した。
「230TE」ないしは「280TE」などのグレード名が授けられたS123系ワゴンは、高級なワゴンを求めていたマーケットに歓迎されて大ヒットを博し、その成功は現在の「Eクラス」に継承されている。
しかしそのメルセデス・ベンツでも、最上級モデルの「Sクラス」には現在に至るまでワゴンモデルを正規設定していない。
そこで、ドイツ本国をはじめとするヨーロッパやアメリカ、時には日本のスペシャリストたちが、Sクラスをベースとしたカスタムワゴンを製作してきた。
今回は、そんなカスタムSクラスの1台。クラシックカー/コレクターズカー・オークション紹介最大手のRMサザビーズ社が、2021年初の大規模オークションとして1月22日に開催した「ARIZONA」オークションに出品された1990年型「560SEL」のワゴンコンバージョン車、その名も「560TEL」のあらましとオークションレビューを紹介しよう。
●1990 メルセデス・ベンツ「560TELエステート by カロ」
1980年代後半以降、当時の旧西ドイツではのちにダイムラー・グループ傘下となる「AMG」をはじめ、「ブラバス」や「カールソン」、「シュルツ」などに代表されるパフォーマンス指向のチューナーたちが台頭していた。ところが、富裕層のなかには単に高性能だけでは飽き足らない、特別なメルセデス・ベンツを求めるコアなエンスージアストも存在していたという。
そこで、もとよりスペシャルコーチビルドの土壌のあったヨーロッパ大陸では、その復活を期してボディやインテリアのカスタマイズへと乗り出してゆく。
このムーブメントに乗った「キャラット・デュシャトレ(Carat Duchatelet)」や「ツェンダー(Zender)」、「トラスコ(Trasco)」、「スタイリングガレージ(Styling Garage)」、「ABC」、「ポルマン(Pollmann)」、そして1970年代からカスタムカーの分野で確たる実績を挙げていた「スバッロ(Sbarro)」のようなスペシャルショップたちは、メルセデス・ベンツの量産モデルを入手して、特別な顧客のために贅沢極まるカスタムカーを生み出していた。
とくに、メルセデスの正規モデルには存在しないSクラス(当時はW126系)のエステートワゴンを製作するコンバージョンは盛んにおこなわれており、大西洋を渡ったアメリカでも複数のビルダーが参画していたのだ。
さらには日本でも、国民的スターにして熱烈な自動車愛好家として知られる所ジョージさんが、国内のボディショップとともに製作したW126系「500SE」ベースのワゴンに「500TE」と名づけ、当時のメディアにもしばしば登場していたことを、今なおご記憶されているファンも多いことだろう。
■ハイエンドのスペシャルワゴンに、予想外の落札価格!
今回RMサザビーズ「ARIZONA」オークションに出品されたW126系Sクラス・ベースのスペシャルワゴン「560TEL」は、ドイツ・ハンブルクに拠点を置くコーチビルディングカンパニー「Caro International(カロ・インターナショナル)GmBH」の作品。前ページで挙げたカスタムスペシャリストの多くがすでに消滅してしまった一方で、同社は今なお現役でビジネスを展開している。
●1990 メルセデス・ベンツ「560TELエステート by カロ」
W124ワゴン(S124)用のパーツを巧みに使って仕上げられたメルセデス・ベンツ「560TELエステート by カロ」(C)2020 RM Sothebys
彼らのコーチビルドは、メルセデス・ベンツ純正パーツとのフィット感やフィニッシュ、あるいは使い勝手の良さでもほかのコーチビルダーとは一線を画していたという。そして、この「560TEL」コンバージョンも、カロの評判を裏づける貴重なマスターピースといえるようだ。
このパールブラックメタリック/ブラックレザーの560TELエステートは、まずは560SELとしてドイツ本国にデリバリー。1990年5月に、新車の状態でハンブルクのカロ社ファクトリーに納入された。
顧客の期待どおり、カロは最大限の創造性をもってこのコンバージョンを実行したといえるだろう。テールライトとリアデッキは、抜け目なく当時のW124ワゴン(S124)用を流用。優れた品質のパーツを使用しつつ、小規模の改造でフィット感を確保している。
また、新たに製作されたラゲッジスペースには、同じくW124ワゴンのパーツを流用し、カロのコーチビルディングスタッフの職人技による巧みなフィニッシュとなる。
ただ、S124ワゴンとW126ではボディサイズが大きく異なるため、560TELのリアおよびリアクォーターウインドウが独自に製作されているのは興味深いところ。S124用パーツをスケールアップすることで、純正のような仕上げを巧みに演出することに成功した。
そしてルーフラインやCピラー、リアクォーターパネルに至るまで、新しいリアデッキへとモディファイした際にも「SEL」以来の適切なジオメトリーとスタイリングを維持するために、入念に作り替えられている。
カロ社によるこれらのコンバージョン費用に、メルセデス・ベンツ560SELとしての新車価格が合算されたことにより、この560TELには当時33万7000ドイツマルク以上のプライスタグが付けられていたという。1990年当時の為替レートでこの金額を調べてみると、日本円では2500万円以上に相当したとのことである。
製作から30年後の2020年12月、RMサザビーズ「ARIZONA」オークションに出品されたこの超レアかつ仕上げの良い560TEL by カロのエスティメート(推定落札価格)は3万−4万ドル(邦貨換算約315万−420万円)だった。「Offered Without Reserve」つまり最低落札価格なしでの出品だったので、たとえ安価であっても取引は成立してしまうことから、きっと出品者はドキドキしながら1月22日の競売を見守っていたことだろう。
しかし、最低落札価格なしの出品は必ず落札できることから、思わぬ高騰があるのも常である。今回はビッドが殺到したようで、なんとエスティメートの約3倍に相当する11万2000ドル、つまり日本円に換算して約1170万円まで跳ね上がったところで落札に至ったのだ。
現在のクラシックカーマーケットにおいて、W126系560SELセダンがノーマル状態で売りに出されれば、ボリュームレンジは200−300万円程度だ。特別にコンディションの優れた個体でも400万円くらいが相場だろう。また、この車両のコンディションに一定の使用感があることから、RMサザビーズ社の設定したエスティメートは妥当というくらいに思っていたのだが、いざフタを開ければ1000万円を大きくオーバーしてしまった。
出品車両に強烈な個性と魅力、あるいはヒストリーがあれば、売り手であるオーナーやオークションハウスが予想している以上の成果が現れることもある。これもまた、国際オークションの面白いところなのであろう。
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