紅白落選でもラスボス小林幸子が示した“干され芸能人“の生きる道

リテラ / 2014年12月3日 13時0分

写真

 11月26日に発表された、今年の『NHK紅白歌合戦』の出演者。しかし、過去33回も同番組に出演した小林幸子は、今年も呼ばれなかった。この仕打ちに、明石家さんまが「小林幸子さんと美川憲一さんが出てない紅白は、俺はちょっと許せない」「あんだけ紅白支えてきた2人を外すって...」と苦言を呈して話題になったが、当の小林幸子はまったく意に介してないようだ。

 12月3日放送の『ノンストップ!』(フジテレビ系)でも、小林は「紅白については33回もやりきったので未練はありません。今は新しいことにチャレンジするのが楽しい。進化するラスボスの姿を見せます」と、余裕のコメントを出した。

 たしかに、今年の小林は、少し前とはまったくちがう状況にある。2013年の前半までは、芸能界を干され、完全に追いつめられていたが、今は、テレビにほとんど出ていないのはかわっていないが、オタク界隈でカリスマ的な人気を誇っているのだ。

 たとえば、今夏には、世界最大の同人誌即売会である「コミックマーケット」に、「5884組」(こばやしぐみ)のという名で一般参加。人気ボーカロイド曲をカバーしたアルバム『さちさちにしてあげる♪』を自ら手売り販売したのだが、ファンが1kmほど並ぶ人気で、事前に用意していた1500枚は即完売になったという。

 普通のコンサートにも、それまでいまかった若い観客が詰めかけ、11月17日には、武道館コンサート「50周年記念 小林幸子in日本武道館」を開き、ニコ生で中継された。さらに、来年は海外をめざすと宣言している。

 いったい小林幸子に何が起きたのか。この間の経緯を振り返ってみよう。小林が紅白はもちろん、芸能界からも追放されそうになったのは2012年のこと。小林の個人事務所である「幸子プロモーション」の女性社長と専務が社を去り、それが表沙汰になった途端、小林の転落が始まったのだ。当初は、前年に結婚した小林の夫が、芸能界のしきたりを理解せずに幸子プロモーションの経営に口を出したことで、小林と元社長・元専務の溝が深まったと報じられた。

 しかし、「週刊文春」2012年4月19日号(文芸春秋)では、元社長・元専務の2人に任せきりにされていた社の経理が不明瞭で、小林は自身のグッズの収支すら一切把握できていなかったことが明らかになり、双方の主張が対立する泥沼のお家騒動へと発展していったのだ。

 同じく「週刊文春」12年10月18日号は、「芸能界のドン」と呼ばれ、マスコミにも大きな影響力を持つ大手芸能事務所バーニングの社長が元社長・元専務の後ろ盾となったために、スポーツ紙やテレビは小林に対するネガティブキャンペーンを開始し、小林が知人に送ったメールがそのままマスコミに流れたこともあった、と報道。さらには、事態を重く見たレコード会社が新曲発売の延期を決め、レコード会社との契約解消する事態に追い込まれた。

本と雑誌のニュースサイト/リテラ

トピックスRSS

ランキング