思わず涙した忌野清志郎の歌...レクイエムの名手・菊地成孔がマイケル・ジャクソン、団鬼六の死に思ったこと

リテラ / 2015年12月5日 12時0分

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 日本人ジャズミュージシャンとして初めてジャズの名門レーベル「Impulse! Records」と契約するという快挙を成し遂げたミュージシャンでありながら、東京大学、東京芸術大学、慶應義塾大学といった学校で非常勤講師として教鞭をとり、また、映画評論・エッセイ集など数々の著作をもつ文筆家でもある、そんな多彩な顔をもつ菊地成孔が新著『レクイエムの名手 菊地成孔追悼文集』(亜紀書房)を出版した。

 この本はタイトルの通り、菊地成孔が2004年から2015年にかけて、雑誌連載やブログ、自身の冠ラジオ番組などで故人に捧げた「レクイエム(鎮魂歌)」を集めた1冊。ライター・川勝正幸、ジャズ評論家・相倉久人、ジャズミュージシャン・菊地雅章といった生前関わりのあった人から、「glee」でフィン役を演じた俳優コーリー・モンテース、落語家・立川談志といった面識はないものの彼が強い思い入れをもっている人まで、総勢50本以上の「レクイエム」が収録されている。音楽はもちろん、映画・文学・心理学など、圧倒的な知識量をバックグランドとした評論で00年代以降のサブカルチャーを牽引してきた菊地成孔はどんな「レクイエム」を残してきたのか? 本稿ではそのなかから、印象的なテキストをいくつかご紹介していきたい。

 ジャズシーンで活躍する傍ら、セッションミュージシャンとしても多くの仕事を残してきた彼は、多ジャンルのミュージシャンと知己をもっており、浅川マキ、ウガンダ・トラなど、バラエティに富んだ音楽家たちとの思い出を本書に綴っている。そのなかでも特に印象的なのが、忌野清志郎とのエピソードだ。

 90年代、菊地成孔は師匠である山下洋輔(タモリを発掘、福岡から上京させた人物としても有名)のバンドの一員として、忌野清志郎が主催する川崎クラブチッタでの年越しイベントに出演した。しかし、そのイベントのオーディエンスはロック好きを中心とした聴衆で、彼らを前に演奏は空を切るだけだったという。

〈チッタのフロアを埋め尽くしたロックファン達を前にした、ボトム(ベース)がない、グランドピアノ、サックス、ドラムセットだけの完全アコースティックの演奏は、どれだけ扇情的な演奏を行っても、全くの無力でした。アウェイというレヴェルではない、あれほどの無力感を感じた演奏は、ワタシの乏しい音楽歴の中でも、あれっきりです〉
〈演奏は30分間でしたが、会場全体がどん引きでシーンとする事も、ヤジが飛ぶ事も、一切ありませんでした。我々の演奏は、やってるかやってないか、演奏なのかサウンドチェックなのか判らないものとして理解され、演奏中は、休憩中と全く同じざわつきが、同じデシベル値のまま全く止まらず、演奏は空を切ると言うより、一秒ごとに、演奏している我々三人だけの独占物になっていきました〉

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