10人産めば1人殺してOK! 恐怖の少子化対策「殺人出産制度」とは?

リテラ / 2014年9月7日 12時30分

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 日本人男性がタイで、体外受精と代理母により16人もの子どもを出産させるという騒動がメディアを賑わせた。また、祖父からの精子提供による体外受精での出産例が報告されたり、他方では出生前診断の結果による中絶数が増加......。生殖医療の発達にともない、妊娠出産にまつわる倫理、価値観が大きく揺らいでいる。

 そんななか、"出産と引き換えに殺人の権利が手に入る"というショッキングな内容の小説が出版された。村田沙耶香の『殺人出産』(講談社)は、「10人産めば、1人殺してもいい」という殺人出産制度が認められた世界で生きる人々を描いた話題作だ。

 物語の舞台は近未来の日本。この世界では子を10人産めば、誰でも1人殺してよいという「殺人出産制度」が施行されている。つまり10人の生と1人の死が等価値なのだ。どうしても殺したい相手がいる希望者は「産み人」となり、ノルマを達成するまで殺意を原動力にひたすら産み続ける。じゃあ男はどうするんだ、という心配は無用。人口子宮をつけて帝王切開をすれば、もちろん男だって「産み人」になれるのだ。

 そんな価値観が当たり前となった世界では、女子トークだって恋バナならぬ「殺バナ」で大盛り上がりだ。職場の同僚や前上司が「産み人」になったことを噂しあうOLたちの会話はこんな感じ。

「ね、今殺したい人っている?」
「ちょっとだけ気になってる人はいるかな。でも一生かけて殺すのに、本当にその人でいいかっていうと、悩んじゃうんだよね」
「そんなに一途に誰かを殺したいって想い続けることができるなんて、すごいよね」

「殺人出産制度」が施行された世界では、一途な殺意は憧れの対象にすらなってしまうのだ。恋バナのフォーマットに殺意がぴたりとハマっているのがブラックで面白い。

 いくらなんでも荒唐無稽な、と鼻で笑ったあなたは甘い。命を奪うものが、命を造る役目を担う。単純な足し算と引き算だが、ある意味筋は通っている。そもそも国や時代によって生殖の正義や常識は異なるし、家族や夫婦のスタイルだってどんどん変化していることはお分かりだろう。

 少し前に、オーストラリア人夫婦の依頼で男女の双子を代理出産したタイ人女性が、「ダウン症で生まれた男児の引き取りを拒まれたので自分で育てている」と名乗り出て世界の注目を集めたニュースが報道されたが、あれだって経済格差を利用した力ずくの生殖医療がまかり通っている実例だ。
 
 ちなみにこのタイ人女性が請け負った代理出産費用は50万バーツ=160万円。日本円にすると「わりと安い」と感じる人も多いのではないだろうか。富裕層でなくとも、かき集めれば何とかなる金額だろう。どうしても子どもが欲しいのに身体的事情によって授かれない夫婦にとっては、代理出産というシステムは希望の光かもしれない。だが、1回の出産が160万円に換算される日が来るなんて、もちろん100年前には想像もできなかったはず。じゃあさらに少子化が進んだ100年後には? 10人産めば1人殺せる世界だって絶対に到来しないとは限らない。産むのが善で、殺すのは悪か。今自分たちがいるこの世界は本当に正しいのか、狂っているならどこからが正常でどこからが異常なのか?

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