【書評】天才・北野武の、あまりにも痛快な「道徳なんていらない」論

まぐまぐニュース! / 2015年10月26日 9時49分

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学校教育で教わった道徳。多様性が強調される今の時代では、その道徳を考えなおす必要があると『毎日3分読書革命! 土井英司のビジネスブックマラソン』の著者・土井英司さんは話します。今回の書評は、「天才」と呼ばれる北野武さんが今までの道徳に鋭いメスを入れた一冊をご紹介します。

『新しい道徳』北野武・著 幻冬舎

こんにちは、土井英司です。

お金至上主義、物質至上主義が崩れ、「多様性」が強調される時代、どこへ向かっていけばいいか、わからなくなってしまっている人も多いのではないでしょうか。

こんな時代に強烈なカリスマが現れ、民衆を率いたというのが、歴史が繰り返してきたことですが、カリスマ維持されにくいインターネット時代においては、それも期待薄な感じがします。

今の時代、どう生きればいいかは自分自身の問題であり、自らが自らの「道徳」を作る必要がある。

そこで参考にしたいのが、本日ご紹介する北野武さんの『新しい道徳』です。

世の中で当たり前のように言われている「道徳」に異論を唱え、その矛盾点指摘する。良心のかたまりのように捉えられているイマドキの企業の本質を捉えてこき下ろす。

あまりに痛快な内容で、売れている理由がよくわかります。

本書を読むと、学校の教え通りまじめにやっている人間がなぜ社会人になって損をするのか、なぜ実際の成功者がやったことと道徳教育の間に乖離があるのか、よくわかります。

食べ物への感謝を説いたくだりや、生き物の命を奪うことの意味を説いたくだりを読めば、Facebookにアップしたグルメ記事いますぐ削除したくなることうけあいです。

その痛快な内容、さっそくチェックして行きましょう。

時間のないせっかちな読者のために、最初に結論を書いておく。結局、いいたいことはひとつなんだから。

「道徳がどうのこうのという人間は、信用しちゃいけない」 

価値観は心の中のものだ。そこにしまっておく限り、誰にも迷惑はかけない。人間は妄想の生きものだから、いろんな考えが心に浮かぶのはどうしようもない。(中略)人の頭の中にまで手を突っ込むようなことをしてはいけない

大人になったら誰にも邪魔されずに一日中思う存分ゲームをするのが将来の夢だと書いても、先生は頭をなでてくれるんだろうか。そんなわけないのは子どもでもわかるから、当たり障りのないことを書く。お年寄りに席を譲ったら感謝されたのがいちばんうれしかった、とかなんとか。嘘をつくなといいながら、嘘をつけと強制しているようなものだ

年寄りは昔からずっと年寄りだったわけじゃない。何十年も働いて、税金を納めてきた人たちがいるから今の日本がある。電車に乗れるのだって、スマホでゲームができるのだって、つまり年寄りたちがこれまで働いてくれたおかげなのだ

なぜ本を読みながら歩いていた二宮金次郎は銅像になって、スマホを片手に歩いている女子高生は目の敵にされるのか

「巧言令色鮮し仁」というやつだ。孔子の時代からそうだった。端っから良心のない奴に、道徳なんて教えたってロクなことにはならない。道徳を教えるのと、良心を育てるのは別のことなのだ

うっかり夢を語ろうものなら、親に叱られたものだ。「医者になりたいだって? 何いってんだ。お前はバカだし、ウチにはカネがないんだから、なれるわけないじゃないか」「画家になりたい? バカヤロウ! 絵描きで飯が喰えるわけがねえだろ」頭をひっぱたかれて、それで終わりだ。夢なんて追いかけてないで、足下を見ろというわけだ。乱暴だけど、それが庶民の知恵だった

ノロマでもコツコツ努力すれば勝負に勝てるなんて幻想を、子どもに植えつけちゃいけない。そんなことしたら、真面目なカメは、みんな頭のいいウサギの食い物になってしまう

友だちが一人もいなくたって、幸せに生きてる奴はたくさんいる

母親にとって、何かを旨いと喜ぶってことは、不味い食い物への感謝を忘れるってことと同じだった。だから、何か喰って「旨い!」なんていうと、「そんな下品なこというもんじゃない」と叱られたのだ

本書を読むと、「自分の満足」以前に、人として正しいこと何かを考えさせられます。

世の中やビジネスの本質を捉え、人間本来の在り方を説く本書は、現代に生きる日本人にとって、必読の書と言っていいと思います。

ぜひ読んでみてください。

image by: Shutterstock

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