本能寺は「移転先」にあり。今も京都に残る信長由来の地を巡る

まぐまぐニュース! / 2017年6月2日 23時12分

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戦国時代屈指の英雄といえば、多くの方が織田信長を思い浮かべるのではないでしょうか。天下布武まであと一歩というところで、明智光秀の謀反によって命を落とした「本能寺の変」はあまりに有名です。その本能寺は現在も京都に残っていますが、実は当時信長が討たれた本能寺とは場所が全く違うのだとか。今回の無料メルマガ『おもしろい京都案内』では著者・英学(はなぶさ がく)さんが、今も京都に残る信長由来の名所を紹介してくださっています。

織田信長を訪ねて

今回は京都に残る織田信長にまつわる場所をご紹介します。信長の足跡は比較的京都中心地からそれほど離れていない場所にあります。いくつか有名な場所をご紹介します。

本能寺

信長と言えば何と言っても「本能寺の変」は有名ですよね。家臣・明智光秀の焼き討ちにより、信長本人も応戦するも敵わず、炎の中で自刀したという話はご存知だと思います。

この本能寺ですが、当時信長が炎に包まれたときの場所は今の場所とは違います。現在の本能寺は寺町通り沿いの東側で御池通りに限りなく近い場所にあります。これは移転後の場所であって、本能寺の変があったときの場所は現在廃校になってしまったのですが、本能小学校の辺りにあったとされています。その場所に行ってみると「此付近本能寺跡」という石碑が立っています。

では、今の本能寺はいつ移ってきたかというと、秀吉が天下を取った後です。秀吉は京都を大改造しています。その一つは京都のお寺を寺町通りに集め今日の街を東側から攻められないように鴨川のすぐ西側に寺を城壁のように並べたのです。信長は現在この場所に眠っています。本能寺には信長が所持していた太刀が奉納されていて、宝物館には信長の使用した茶器など遺品が残されています。

二条御所

本能寺から御池通りを通り、烏丸通りまで行き、烏丸丸太町まで上がる(北に行く)と、二条御所の跡の石碑を見つけることが出来ます。二条御所とは、信長が室町幕府15代将軍足利義昭のために造営したものです。家康が京都の居所とした二条城とは別物です。

本能寺の変の時は信長の息子・信忠が宿としていた場所で、明智軍に囲まれ、父のいる本能寺まで応戦することが出来ず、この場所で戦死したといいます。御所はその時に焼失してしまっています。厳密には現在の烏丸通り、新町通り、丸太町通り、下立売り通りに囲まれた当たりだったとされています。現在では平安女学院や府庁がある近くかと思います。

阿弥陀寺

寺町通りをずっと北に上がり、今出川通りを超え、さらに北上すると、右側に阿弥陀寺という寺があります。この寺の境内にも信長と息子・信忠の墓があります。当時本能寺の変で共に戦った信長の側近・森蘭丸やその他120名ほどの家臣の墓もあり、「織田信長公本廟」という石碑が立っている。

阿弥陀寺の開山は清玉(せいぎょく)という僧で、本能寺の変の後、信長父子の遺体を集め、この寺に埋葬したと伝えられています。そのことは近江の坂本にあったとされています。その後この寺も秀吉の都市改造の影響でこの地に移転させられました。

総見院(大徳寺塔頭)

総見院は信長の法名です。大徳寺の境内にある塔頭(たっちゅう)の一つです。信長亡き後、秀吉がこの場所で葬儀を執り行い、諸大名に自らの時代であることを示したと伝わります。

境内には信長一族の7基の石塔が立っていて、本堂には信長の座像が安置されています。通常は非公開ですが、春と秋に一般公開されています。

建勲神社

大徳寺の南の向かい側から徒歩でいける場所に建勲神社があります。と言っても、そこはまさに小高い船岡山の中腹に位置しています。この神社は信長・信忠父子が祀られている神社です。信長が上洛した10月19日には、毎年船岡祭が盛大に行われています。

大雲院(祇園閣)

高台寺からねねの道を八坂神社方面に歩いていくと、祇園祭の鉾のような形をした建物があるのをご存じでしょうか? これが国の登録有形文化財に指定されている大雲院の祇園閣です。この地は、かつて財閥だった大倉喜八郎の別荘で、昭和3年、昭和天皇御大典記念に祇園祭の鉾を模した祇園閣を建てたと言われています。

大雲院は、1587年正親町天皇の勅命により織田信長・信忠の菩提を弔うために建てられたもので、大雲院は信忠の法名です。秀吉の時代には寺町四条に移っていたそうですが、その周辺が商業の中心地になるに従い、昭和48年に本堂が現在地に移されたとのことです。

大雲院が大昔から存在していたのですが、昭和になって移転してきた場所に祇園閣があったということで、二つの建物には特に関係はないようです。祇園閣の設計者は伊東忠太で、祇園閣は金閣、銀閣に対して、屋根が銅葺きなので「銅閣」などと呼ばれることもあるようです。

普段は非公開寺院ですが、公開されているときに是非祇園閣の上まで上ることをお勧めします。市内一望が見渡せて絶景を拝めるので必見ですよ。

京都には信長父子のお墓が三か所あります。本能寺、阿弥陀寺、総見院です。そして、大雲院にも菩提を弔うための石碑が立っています。信長の法名・総見院、信忠の法名・大雲院は今もお寺の名前として残っています。

信長は比叡山焼き討ちや石山本願寺との戦いなど天台宗や浄土真宗など仏教勢力とも戦った武将です。京都の人たちに厚く信仰されていた人々を弾圧したことで京都からはあまり歓迎されていなかったと思います。それでも彼が残した足跡は今も京都には沢山残されているのは都人の懐の深さともいえるでしょう。

私は週末など短期間の滞在の時などはこのように歴史上の人物縛りで京都を散策している時があります。京都の街歩きは色々なテーマで串刺しに出来るので、何通りもの見物の仕方が出来ます。一通り有名な観光寺院を見物したら、自分の好きな文化や人などなんでもいいので、それに関連する場所を訪れてみるのも楽しいと思いますよ。

いかがでしたか? 京都は日本人の知識と教養の宝庫です。これからもそのほんの一部でも皆さまにお伝え出来ればと思っています。

image by: 京都フリー写真素材

 

『おもしろい京都案内』

著者/英学(はなぶさ がく)(記事一覧/メルマガ)

毎年5,000万人以上の観光客が訪れる京都の魅力を紹介。特にガイドブックには載っていない京都の意外な素顔、魅力を発信しています。京都検定合格を目指している方、京都ファン必見! 京都人も知らない京都の魅力を沢山お伝えしていきます。

出典元:まぐまぐニュース!

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