四条通の西の端。平安の古より鎮座する社で「延命長寿」の水を

まぐまぐニュース! / 2018年8月3日 1時54分

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京の都を東西に走る四条通りの西の端に、平安時代以前から鎮座する古い神社があります。後に作られたモダンな庭園ですら、平安の世を想起させる…、そんな空気が流れる場所なんだそうです。今回の無料メルマガ『おもしろい京都案内』では、著者で京都通の英学(はなぶさ がく)さんが、「松尾大社」のいくつもの見どころを紹介しています。

松尾大社

阪急嵐山のひとつ前の松尾大社(まつのおたいしゃ)駅の目の前に松尾大社があります。賑やかな嵐山とは対照的なとても静かで荘厳な雰囲気の由緒ある神社です。本殿の屋根は「松尾造り」と呼ばれる独特の建築様式を持っているので注意して見てみて下さい。

松尾大社は京都の中心部を東西に走るメインストリート四条通の西の端に位置しています。京都盆地の西の端です。ちなみに東の端は八坂神社の西楼門の石段下です。多くの観光客で賑わう祇園商店街が東大路通に面している辺りです。

松尾大社本殿の背後にある松尾山の山頂近くに神が降臨するという岩・磐座(いわくら)があります。この岩は地元に住む人々が山の神として崇め、信仰してきたものです。この辺りを支配していた秦氏が「磐座」の神霊を勧請し、701年に社殿を建立したとされています。御祭神は大山咋神(おおやまぐいのかみ)と中津島姫命(なかつしまひめのみこと)です。

駅を降りて「一の鳥居(大鳥居)」をくぐり表参道を歩くと奥に「二の鳥居」が見えてきます。この鳥居には特徴があります。見上げると、脇勧請(わきかんじょう)と呼ばれる榊の束が鳥居にぶら下げられています榊には穢を祓う力があるといわれています。大昔の神社では境内の大木に榊を吊り下げて神域と人の結界としていたようです。これが後に鳥居となったと伝えられています。

榊の束は12個閏年は13個)吊り下げられます。昔は榊の枯れ方によって月々の農作物の出来具合を占っていたようです。榊が完全に枯れると豊作で、一部が枯れ残ると不作と判断されていたとか。かつての風習の名残りを松尾大社の鳥居では見ることが出来るのはとても貴重です。

本殿を右手に進むと、社務所の手前に”磐座登拝道入口”という標識があります。廊下の下をくぐると神泉と書かれた「亀の井」があります。この泉は、延命長寿よみがえりの水として有名です。茶道や書道に活用したり、飲用として近所の方たちに利用されています。

松尾大社を建立した秦氏が酒造技術に優れていたことから、松尾大社は酒造の神としても有名です。昔から「亀の井」の水を酒に混ぜると腐敗しないといわれています。社務所には、水を持ち帰るための瓶も販売されているので、容器を持っていなくても大丈夫。

松尾大社では、重森三玲が作庭した庭園を見ることができます。約200個の青石を四国の吉野川から運び昭和50年に完成したものです。この庭は3つの庭からなり、庭園の入口を入ると「曲水の庭」があります。曲水の庭は、王朝文化全盛期に平安貴族が慣れ親しんだ庭です。御手洗川の清流が流れる様子は、平安朝当時の空気を想像させます。

「曲水の庭」を抜けると「上古の庭」があります。こちらは社殿などはなく巨木や岩など自然を神とした太古の昔を表現しています。松尾山の磐座を模して造られています。奥に二つの巨石があり御神体の男女2神を現しています。庭全体に漂う荘厳な雰囲気を感じることの出来る場所です。

少し離れた入口近くにある庭は「蓬莱の庭」です。蓬莱は、不老不死の仙界のことです。蓬莱思想は鎌倉時代に流行し、作庭技術にも採用されてきました。このため「蓬莱の庭」は鎌倉時代に代表される回遊式庭園を取り入れています。池の周囲を回遊し、池に浮かぶ島々を眺めることができます。古刹にある枯山水や池泉回遊式庭園とは違い現代的な意匠なのがとても斬新です。

平安時代より前からこの地に存在する松尾大社とモダンな庭園とのコントラストを楽しんでみてください。

いかがでしたか? 京都は日本人の知識と教養の宝庫です。これからもそのほの一部でも皆さまにお伝え出来ればと思っています。

image by: Flickr

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