バイト炎上動画で「人生終了」に違和感。本当に悪いのは誰か?

まぐまぐニュース! / 2019年2月13日 5時0分

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大手回転寿司チェーン「くら寿司」や大手コンビニ「セブン-イレブン」、中華系ファミレス「バーミヤン」などのアルバイト店員による不適切動画が世間を騒がせています。「被害者」となった雇用企業による訴訟の動きが当然の流れとなっていますが、そんな状況に違和感を感じるとするのは、米国在住の作家・冷泉彰彦さん。冷泉さんは自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で、今回の一連の騒動に抱いた「3つの違和感」、そしてこの問題が起こる根本的理由についても考察しています。

炎上動画問題、不幸の源泉は企業本社の「事務部門」か

ここ数日間、日本のメディアでは「不適切動画問題」が連続して取り上げられています。例えば、ある「回転寿しチェーン」ではゴミ箱に入れた魚を改めてまな板に載せた動画が、また「中華系のファミレス」では中華鍋の油につけた火でタバコに点火する動画、あるいは「大手コンビニ」ではおでんに入っていたシラタキを弄ぶ動画などが炎上していました。

この問題ですが、勿論、そのような行為を行なった人間はバカだと思いますし、飲食業の基本である衛生管理ができていないということを考えると、クビになるのは当然だと思います。

ですが、問題はそれでは済まないようで、各社は民事刑事の双方から告発をする構えで、仮にそうなれば動画をアップした本人や、その親は物凄い金額の補償を払わされる可能性があるというのです。人生「オワタ」ということにもなりかねない、そう言われています。

こうした構図ですが、どうしても違和感を感じざるを得ません

1つは、本当に悪いのは誰かという問題です。不衛生な動画を拡散してブランド価値を傷つけるということでは、「背景のディテールや位置情報から店名やブランドをわざわざ特定して晒す」というネット巡回屋さん、そして「他に報じるべきニュースがあるのに」わざわざ「しょうもない動画ネタ」を全国ニュースとして垂れ流すメディアがあるわけです。

一方で、やった本人は、店名が特定される可能性や報道されて炎上する危険を「知らなかった」ということで、余計に叩かれています。そうなのかもしれませんが、他にやることがあるのに「特定して晒す」ネット住民や、堂々と「全国ニュース」に仕立てるメディアにも責任はないのでしょうか? この辺に関してはどうにも筋の通らなさを感じてしまうのです。

2つ目は、無限責任という考え方です。最低賃金から少し上ぐらいの時給仕事をしている中で、悪意というより無知で愚かなだけのイタズラをしてしまったことで、生涯賃金に匹敵するような賠償責任を負わされるというのは、勿論やった本人はバカだとしても、猛烈なリスクになります。

責任は取らなくてはならないにしても、賃金の範囲にするとか、あるいは保険で補償されるとか制度的になんとかならないものでしょうか。取締役の場合は、経営責任の賠償保険があるのに、バイトの場合は、リスクをヘッジする仕組みはなくて、親も含めて財産を丸ごと取り上げられるというのはちょっと公平でない感じがします。

だいたい経営者の場合は、会社を潰しても株に出資した金額だけの責任、つまり「有限責任」で済むわけですから、この一バイトでも「無限に責任を負わされるというシステムには違和感があります。

3つ目は、刑事責任についてです。偽計業務妨害というオドロオドロしい罪状となるような報道がありますが、問題は「業務妨害などは意図していなかった」という点にあります。つまり、本人たちは「場所や店名を晒される」などということは知らなかった可能性があり、「身内だけでコッソリ受ける」秘密のイタズラという認識だったことになります。

そうなると、別に犯意はなかったことになるわけで、果たして刑事的に立件できるのか疑問です。

そんなわけで、違和感を感じてしまうのは事実です。勿論、私自身がアメリカという「悪意のない悪ふざけというのは基本的に許されてしまう社会にいるので、その影響を受けているのかもしれませんが、それにしても「人生詰んだ」とか「親も含めて全財産で弁償」というのには違和感を感じます。

ここまでは、単なる感想に過ぎませんが、もう少しこの事件を真面目に考えてみると違う構造が浮かんできます。

それは、昭和の昔は外食産業の現場はもっと儲かっていた」という話です。

例えば寿司屋というのは、板さんが師匠の店で何年も修業した後は、暖簾分けをさせてもらって、自前の店を持つことが多かったわけです。勿論、今でも超高級店はそうかもしれませんが、中級店は回る寿司屋に押されて成立しない中で、多くの人は回る寿司屋に行かざるを得なくなっています

その回る寿司屋というのは大企業ですが、現場は徹底的にマニュアル化されています。ですから誰でも、それこそ「バカッターをやると晒されることが分からないレベルの人でも現場が回せるようにできています。ですが、その分、現場の取り分は猛烈に少なくなっていて最低賃金プラスアルファの時給程度の仕事になっているわけです。

ラーメンもそうです。勿論、味で勝負できるところは自前の店を構えて儲かっている人も多いわけですが、一方でチェーン店の場合は結局本部主導で、セントラルキッチンからくる食材をマニュアルで調理する格好になり、現場には時給仕事しかありません

昭和の昔ですと、グルメ志向でなくても、それこそ平凡な屋台のラーメンでも、仕事はキツイ一方で儲けはしっかりありました。10年屋台を引けば、アパート一棟建てて、残りの人生は家賃収入で悠々自適というような話が結構あったのです。ですが、そうした形での現場が儲かる仕組みはどんどん消えています

ひどいのはソバ屋という業態で、以前はみんな自営で結構儲かっていたのが、今は、チェーンの立ち食いソバ的なものがレベルアップする中で、デフレ経済にマッチして受けています。その結果として、よほど工夫しないと独立経営の店は成立しなくなっているわけで、古き良き町のソバ屋というのはほとんど消滅してしまいました。

では、そうしたチェーン店ではどうして現場への分配が低いのでしょう。セントラルキッチンでの作業が主で、現場が付加価値を乗っける幅は小さいということはあるでしょうし、マニュアルで回るように設計する分だけ、その設計の作業が重く、現場は言われたことをやっているだけということもあるかもしれません。

ですが、仮にそうだとして、「チェーン一括購入で高機能の什器が安く入る」とか「一括で宣伝してもらえるので集客力がある」といったチェーンのメリットもあるはずです。にも関わらず、オーナー経営なら粗利3割ぐらい儲かっていたはずの外食で、現場仕事が時給900円とか1,000円というのは、どうしてなのでしょうか?

それは本部がロイヤリティという形で収益を召し上げているからです。飲食の場合はそもそも原価率が高いので、10%ぐらいと言われていますが、それでも、その収益を取られる中では、現場では人件費には大きな金額をかけることはできません

結果的に、高額な賃金は払えないわけですから、人手不足の中で、「バカッターをやると特定されるよということすらも分からないレベルの人材を集めて作業を回すしかないわけです。

では、チェーンの本部というのはロイヤリティを召し上げて、それこそ本部社員は豪華な生活をしているのかというと、決してそんなことはありません。では、巨額のロイヤリティはどこへ消えるのかというと、「本部の事務仕事コスト」に消えていくのです。

勿論、本部の基幹業務は正社員ですから、それなりの大企業水準の年収は払っているでしょう。ですが、コンビニにしても、外食にしても本部の社員の仕事はかなりキツイと思います。営業やエリア責任者などには過酷なノルマがありますし、仕入れも物流も大変な仕事です。

つまり、昔は自営でやっていて、十分に儲かっていたソバ屋とか、中華屋などの業態が、全国チェーン化することで、現場では時給仕事が本部ではヘトヘトな事務仕事が発生しているだけなのです。

その上で、全員が疲弊しながら「バカッターが出ると株価が下がるので、全額補償しろ」とか無茶な話が出てくるわけです。更には「バカッター防止のためには研修しかないので、研修を徹底する」というのです。

つまり、この全国チェーンというシステムは全員が不幸になるようにできており、その最大の問題は「本部の事務仕事というコストにあると言うことが言えます。

勿論、こう申し上げると「別に無駄な事務仕事はしていない」のであって、「本部がしっかりしていると、チェーンのブランドが集客効果を持つ」と言う主張が返ってきそうです。「そのブランドが傷つけられたので、今回の事件は許せない」というのも確かにそうでしょう。

ですが、そのブランドにしても、結局は本当にお客さんに愛されて信頼されているのかというと、それは大したことはなく、結局は「事務仕事をやっている本部のモラル維持の求心力に過ぎないとも言えます。

では、どうして昭和の時代とは違って、ソバ屋にしても、町中華にしても、あるいは食料品店にしてもチェーン化してしまったのでしょうか?

問題は、カネが回らないということだと思います。

しっかりした板さんが自前の寿司屋を開業しようとする、あるいはちゃんと修行した人が町中華屋さんやソバ屋をやろうとする、そんな場合にも、個人で融資を受けることは日本では非常に難しいわけです。

そこには、日本の銀行が「事業計画と人材を評価して与信をする」というノウハウをとっくの昔に放り出したということがあり、また「日本国内にはリスクの取れるマネーがない」ということもあります。

この辺をなんとかクリアして、外食にしても、コンビニにしても、個人経営の店が活気を持った経営をするようになれば、デフレムードを反転させることも可能なのではないかと思うのです。

コンビニといえば、「消費期限を7時間ごまかして弁当を売った」という罪で、2店舗を回していたオーナーは契約解除されて廃業に追い込まれました。恐らく補償金も請求されて、この人も破滅することになると思います。これも過酷な話で、しかもブランド名を入れて報道がされ、ブランドの看板を「引っぺがされた」無残な店の跡までTVニュースで晒されています。

そこまでやらないと「ブランドの信頼は回復されないと考えている本部も異様だと思うのですが、そんな過酷なチェーンのマネジメント「しか」成立しない中で、独立の「100%自前のオーナーコンビニ」というのは、銀行が金を貸さない中では難しいわけです。

外食も、コンビニも、本部に巨額な金を吸い取られ、本部は日本語での形式的な事務仕事という膨大なコストに吸い取った金を消費しています。そこにあるのは、ブランド価値が商売の源泉という信仰で、今回のバカッターや「7時間の消費期限改ざん」というのは、そのブランド価値を傷つけたということで、「人生が終わる」レベルの懲罰を受けるわけですが、この全体構造には人間を不幸にする回路しかないように思うのです。

いかにもプリンターから吐き出されました式の「宣伝のぼり」で集客する全国チェーンのコンビニや外食、そこでは現場には多くが分配されずしかも警察のような統制や監視で現場が支配されているわけです。そして権力をかざしてロイヤリティを徴収している本部も、日本の大企業につきものの非効率な事務仕事に多くのコストを消費し、その対価としてブランド価値を維持しているという信仰を続けています。

なんとか、金融面での仕掛けを考えて、外食産業と、地域に根ざした食料品店という業態を、一国一城の主の経営する人間的な独立店、まさに血の通った「生業(なりわい)」として再生させることはできないものかと思うのです。

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