特養ドーナツ死亡事故の「有罪判決」で分かった現場の過酷な実情

まぐまぐニュース! / 2019年3月28日 4時45分

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介護の現場に戸惑いと動揺が広がっています。長野県にある特養老人ホームの入所者が、配られたドーナツを喉に詰まらせたことが原因で死亡した事故で、長野地裁松本支部は介助役の女性に有罪判決を下しました。介護現場はどこまで責任を追うべきなのでしょうか。健康社会学者の河合薫さんはメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』でこの件を取り上げ、超高齢化社会に突入した日本に突きつけられている問題を浮き彫りにしています。

ドーナツ事故は現場の責任? 事故と責任と老いと。

今回は「法とリアルの狭間」について考えてみようと思います。3月26日公開の日経ビジネスでは、三つ子の母親が生後11カ月の次男を床にたたきつけ、死亡させた事件で、実刑判決が言い渡された件について取り上げました。

● 三つ子虐待事件の母親を追い詰めた「男社会」の限界

この件については「ケア労働としての育児」の視点から問題を掘り下げましたが、「裏返しメガネ」では、「市場労働としての介護問題」について考えてみます。

3月25日、長野県安曇野市の特別養護老人ホームで入所者の女性(当時85歳)がドーナツを食べ、その後に死亡した事件で、食事の介助役だった准看護師の女性(58歳)求刑通り罰金20万円の有罪判決が言い渡されました。

事件があったのは2013年12月。85歳の入所者は配られたドーナツをのどに詰まらせ、ひと月後に亡くなりました。

介護の現場に過度の責任を負わせるのは酷だとして、無罪を求める約44万5,500人の署名が裁判所に提出されていました。

しかしながら判決では、「他にも食事の介助が必要な人がおり、被告に異変に気づける程度の注視を求めるのは困難」としながらも、「入所者の女性は食べ物を口に詰め込む傾向があり、窒息対策などとしておやつがゼリーに変更されていた」と指摘。

被告は施設の引き継ぎ資料などで確認すべきだったのに怠ったとして、過失を認定。量刑は求刑通りとなったと報じられています。

昨年10月にも、2013年に認知症で入院していた男性(95歳)車いすに乗って一人でトイレに行き転倒その後寝たきりの状態となったことに対し、親族が病院側を訴え、約2,770万円の損害賠償を命じられる判決がありました。この時も裁判官は「男性は歩く際にふらつきが見られ、転倒する危険性は予測できた。速やかに介助できるよう見守る義務を怠った」と判決理由を述べたそうです。

今回のような判決が出るたびに、介護現場で働く人たちは戸惑います。「現場はいったいどこまで責任を負えばいいのか?」――と。

もちろん今回の事例では、「おやつがゼリーに変更」になっていた中で、ドーナツを配ったのは問題なのかもしれません。しかしながら、介護現場では喉を詰まらせたり、転んだりは日常茶飯事で、慢性的な人手不足の中で現場の人たちはできる限りの手を尽くします

それでも不幸にして事故は起きる。一瞬目を離した際に、食事がのどにひっかかりむせてしまったり、転んでしまったり。現場は常に危険ととなりあわせです。その「危険」をどう考えるのか?危険が絶対にないように施設はしなきゃいけないのか?

ちょっとした“事故”になると、「カネ払ってるんでだから、何でもやってくれて当たり前」とばかりに横暴なモンスター家族が押し寄せるというリアルも存在します。

転ぶリスクのある人は全員車椅子を義務付け、むせるリスクのある人は全員流動食にすればいいのでしょうか?それが終の住処での幸せなのでしょうか?

介護現場で働く人たちは、本当はもっとおじいちゃん、おばあちゃんたちとお話をしたり、時間がかかっても本人に任せた方が、高齢者も元気でいられると考えいます。介護より介助だと。でも、それができない。そんなジレンマとも戦っています。

そもそも日本の介護施設では、「食事の補助」「排泄介助」などの身体的ケアに加え、「レクリエーション」で高齢者の精神的ケアを行なう施設がほとんどです。さらには入所している部屋を巡回し、シーツ交換や掃除、歯磨きコップの衛生状態をチェックしたり、消毒するなどの雑務をこなすなど、常に「やらなくてはいけないことだらけ」です。

私も親が高齢になり「年をとる」ことで起こる変化を、日々学ばされています。そのほとんどは想像もしなかったことばかりです。

「年をとる」だけで、色の区別が難しくなる。見える範囲が狭まってくる。指一本一本の感覚が鈍くなる。体の動きに頭がついていかなくなる。昨日までできていたことができなくなる切なさ、うまくできなかったことができたときの喜び…etc. etc.

生きていれば誰もが老いる。昨日まで出来ていたことがひとつひとつできなくなる。そんなときにはどうしたって他者からのケアが必要となります。

介護現場の責任を問うことは避けられないのかもしれません。でも、どういう老後を迎えるのが望ましいのか自活できなくなったときの尊厳を守るにはどのような条件が必要なのか

それを正面から議論しない限り、悲しい事件はなくならないと思うのです。

超高齢化社会に突入している日本では、もはや介護を家族まかせにできる時代は終焉しました。

みなさまもご意見、是非、お聞かせください。

image by: Shutterstock.com

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