日本のアニメ・ゲームが世界的ヒットの影で「産業支援」は出遅れ状態? 「AMDシンポジウム2023」レポート
マグミクス / 2023年11月15日 16時40分
■日本のコンテンツ産業が抱える課題とは
2023年11月14日(火)、一般社団法人デジタルメディア協会(AMD)主催のオンラインイベント「AMDシンポジウム2023」が開催され、各国コンテンツ産業の支援状況の紹介や、日本のコンテンツ産業をパワーアップさせる方法について討論が繰り広げられました。以下、シンポジウムの内容をダイジェストでお伝えします。
シンポジウムはAMD理事長の襟川恵子さんによる開会の挨拶から始まり、続いて総務省官房統括審議官の湯本博信さんのビデオメッセージが再生されました。
登壇者はこちら。リムさんはオンラインでの参加となる。
近畿大学情報学研究所所長の夏野剛さんをモデレーターとして、株式会社コーエーテクモホールディングス代表取締役社長の襟川陽一さん、シンガポール経済開発庁(EDB)のVice-President、Lionel Lim(ライオネル・リム)さん、NPO法人映像産業振興機構(VIPO)の経営企画部部長、山崎尚樹さん、Netflix合同会社のディレクター、杉原佳尭さんによるプレゼンテーションとパネルディスカッションが行われ、最後に視聴者から寄せられた質疑応答がありました。
■ゲームの売上の9割は海外
コーエーテクモホールディングス代表取締役社長の襟川陽一さん
襟川代表取締役は自社がグローバルに開発拠点や販売拠点を構えていることから、ゲーム開発における各国の支援制度について紹介しました。そのなかでも驚くべきはゲームの売上比率です。なんと全体売上の9割が海外であり、国内売上は1割しかないとのこと。
また日本、天津(中国)、カナダ、シンガポール、ベトナムの例をあげ、世界各国では法人税の控除や、給与や教育費用の補助などの手厚い支援制度があると紹介しました。
コーエーテクモホールディングスの襟川代表取締役の資料。各国のコンテンツ産業支援状況がひと目でわかる。日本は国として特別な支援を行なっていない(J-LODはNPO法人の支援)
そして日本ではコンテンツ産業育成のための支援を行なっていない(他産業と共通)ため、このままだと日本のコンテンツ産業が世界に遅れをとると危機感を表明し、国や産業界の支援を拡充すべきと提言しました。
■自国の地位を高めるためにコンテンツを作る
シンガポール経済開発庁(EDB)、Vice-Presidentのリムさん
続いてシンガポール経済開発庁(EDB)のリムさんが、シンガポールにおけるメディアとエンターテイメントのエコシステムについて紹介しました。
EDBは「シンガポールのアイデンティティを世界的に広めるコンテンツ」を「地域内外で配信、消費させる」ことを目指し、国際共同制作を推進するための補助金や人材育成にも力を入れているとのこと。
EDBのリムさんの資料。シンガポールでは各分野で多くの有名企業が活動している。コンテンツ産業ではシンガポール企業が独自のコンテンツを発信したいとのこと
国家としてコンテンツ産業の育成を重視している様子が伺えました。
■国家が全面的にバックアップしている韓国
NPO法人映像産業振興機構(VIPO)の経営企画部部長、山崎尚樹さん
続いて映像産業振興機構(VIPO)の山崎さんが、強力にコンテンツ産業をバックアップしている韓国の取り組みについてプレゼンテーションしました。韓国の輸出産業のなかでもコンテンツ産業の占める割合は大きく、半導体、産業機械、自動車、鉄鋼、造船、コンピュータに続く7番目の規模があります。
その大きな産業を国として支援しているのが文化体育観光部(部は日本の省に該当する)のコンテンツ政策局です。同局は文化作業、映像、ゲーム、大衆文化、韓流支援を一元的に取りまとめており、その予算規模は800億円を超えています。またコンテンツ産業全般に関する法律が多数制定されているのが特徴とのこと。
さらに韓国コンテンツ振興院(KOCCA)と韓国映画振興委員会(KOFIC)による各種支援もあるため、かなり手厚くサポートされていると言えるでしょう。
■人気はあるが受け皿不足の日本コンテンツ
Netflix合同会社のディレクター、杉原佳尭さん
プレゼンテーションの最後はNetflixのディレクター、杉原さんによる「配信業者がリードする制作環境整備」です。
杉原さんは日本アニメ産業は大規模な投資をしたくても受け皿がない状態にあると述べました。その理由は多重下請け構造によってクリエイターやスタッフに利益が還元されづらいこと、慢性的な人手不足、商慣行、不透明な経理などがあげられます。
アニメに限らず、実写映画でも同じことが言える
またフリーランスや外部制作会社が多い多重下請け構造の中でチームが解散してしまうため、制作会社のノウハウやナレッジが溜らず、高額予算、ハイクオリティの作品を制作し続けられない状況にあると指摘しました。
アニメーターの薄給ぶりはアニメファン以外にも広く知られるようになった。問題は多重下請け構造と収益力悪化とのこと
そして日本のコンテンツ産業は少額予算の制約で人材が流出し、人材育成が困難になっているため、世界水準で戦うには制作の全てにおいて変革が必要と主張し、Netflixが制作現場で取り組んでいる労働環境の改善例などを紹介しました。
Netflixでは撮影技術の導入やトレーニングだけでなく、俳優やスタッフの労働環境も整備している。
合わせてNetflixで3週連続トップを果たした実写版『ONE PIECE』の成功はNetflixが資本提供だけでなく、仲介役となって原作者・出版社の意向をハリウッドの制作会社に上手く伝えることで調整していたから、と述べました。『ONE PIECE』の成功をモデルケースとして、今後は異なる領域での海外進出の試みも増えそう、とのことです。
以上、4名のパネリストの発表内容が絡み合って、日本のコンテンツ産業の置かれている状態、問題点、海外の取り組みなどが明確化したプレゼンテーションでした。
■3週遅れの日本、いまだスタートラインにすら立てず
実際にコンテンツ制作に携わっている当事者による、具体性のある意見が交わされた。
プレゼンテーションに続いて行われたパネルディスカッションや質疑応答では、日本のコンテンツ振興に対する問題点や現状が次々と浮かび上がってきました。主な内容は下記の通りです。
・日本はコンテンツ産業への意識が弱い。現状は政治家や官僚たちに伝わり始めている段階で、ようやくこれからどのような形に落とし込まれるかというフェーズである。
・新しい文化や産業を育てるのが海外の文化政策のようだが、オペラや歌舞伎など既存の歴史文化を守るのが日本の文化庁の仕事である。また産業振興は経産省の担当となるので主幹官庁が違う。コンテンツ産業は誰が担当しているのかわからない状態だ。
・1998年のIMF危機の頃に金大中大統領が国策としてコンテンツ産業支援を始め、それまで分散していた部署を強力な政治力で統合して集権的な仕組みを作った。国家主導の産業育成はサムスンやヒュンダイでも成功している。
・日本のアニメ産業は構造として未熟だが自由である。しかし大資本化していく世界でどこまで戦えるかは疑問が残る。ただし小さくて専門技術を持った会社が協力して大きな仕事をこなす建設業界のような構造になることも考えられる。
・制作会社が予算を付けても多重下請けの中で販管費ばかりが増大し、中抜きされてアニメーターに還元されない。そのためNetflixでは発注の際に全体予算に占める販管費の割合を決めている。
・コーエーテクモのようにゲーム会社は合併して大きくなった会社が多い。その理由は新たなプラットフォーム(ゲーム機)に対応したり、複数のゲームジャンルを組み合わせてシナジー効果を生み出すためなど経緯はさまざま。かつての『信長の野望』は100万円程度で制作できたが、現在AAAタイトルを作るには50億~100億円の予算が必要で、さらにマーケティング費用もかかる。アメリカなら制作費で200億、合計で300億円もありうる。技術を結集してワールドワイドで活動するには資本が必要だ。
・ゲーム業界が一足先に合併によって大資本化し成功した流れは、アニメや映像制作にも及ぶかもしれない。
・コンテンツ庁設立を早急にやって欲しい。司令塔が必要だ。しかし実現可能なのだろうか。
・岸田総理は日本が誇るトヨタの高級車センチュリーで移動しているが、なぜポケモンジェットで移動しないのか。もし岸田総理がポケモンジェットで渡米すれば世界中のメディアが報道したはず。「総理がポケモンジェットに乗って何が悪い」と誇りを持てるようなマインドセットを持てれば、コンテンツ庁は実現できるだろう。
(レトロ@長谷部 耕平)
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