存在しなかった「来週」 僕らのヒーロー『ガンバロン』打ち切られた悲劇の作品

マグミクス / 2020年4月3日 12時10分

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■存在しなかった「来週」

 1977年4月3日、特撮TVドラマ『小さなスーパーマン ガンバロン』(以下、ガンバロン)の放送が開始されました。等身大の変身ヒーローが巨大ロボットに乗って戦った最初の作品であり、『ウルトラマン』でハヤタ隊員を演じた黒部進氏や名バイプレイヤー天本英世氏ら豪華な役者陣が顔をそろえていましたが、スポンサー倒産のため32話で打ち切られた悲劇の作品でもあります。幼少時、楽しみにしていた『ガンバロン』が急に放送されなくなり、泣いた記憶があるライターの早川清一朗さんが想いを語ります。

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「来週もまた面白いから見てよ、ガンバローン!」

 これが幼い頃の筆者が見た、最後のガンバロンの記憶です。当時、幼稚園児くらいだったはずの筆者は、地方局で再放送されていた『ガンバロン』を毎週楽しみにしていました。当然、次の週もワクワクしながらTVの前に陣取っていたのですが、『ガンバロン』が放送されることはありませんでした。母親に「『ガンバロン』やってない! 来週も見てよって言ってたのに!」と泣いて訴えていた記憶があります。

『ガンバロン』が突然消えた理由を知ったのは、それから20年以上経ってから。スポンサーだったおもちゃメーカー「ブルマァク」の倒産により、制作資金が滞ったためでした。

 なぜ『ガンバロン』は子供の頃の自分をそんなに夢中にさせたのか。その理由を今、改めて考えてみると、徹底的に子供が主体となっている作品だからではないかと思い当たりました。『ガンバロン』の主人公、天道輝はまだ小学生で、当時の筆者からすれば近所のお兄さんくらいの感覚です。お兄ちゃんがヒーローに変身し、トブーン、バクシーン、ヒライダーの3機のマシンを自在に操り町を荒らす悪い怪人と戦っているのです。子供が感情移入するのも当然だったのではないでしょうか。

 さらに『ガンバロン』は中盤以降、トブーン、バクシーン、ヒライダーが合体した巨大ロボット「ダイバロン」で怪獣相手に奮闘。これは滅茶苦茶格好良かったという記憶があります。当時、巨大ロボット自体は珍しいものではありませんでしたが、等身大の特撮ヒーローが搭乗するロボットとしては、ダイバロンが日本の特撮番組では最初の存在となっているのだそうです。

■豪華な出演陣と突然の打ち切り

『小さなスーパーマン ガンバロン オリジナルサウンドトラック』(ディウレコード)

 さて、『ガンバロン』と言えば、その豪華な出演者が挙げられます。主人公を支える執事のムッシュには『ウルトラマン』でハヤタ隊員を務めた黒部進氏、ガンバロンを苦しめる悪の町の発明家ワルワル博士には、『仮面ライダー』の死神博士役で有名な天本英世氏を起用し、敵味方に軸となる名役者を配置しています。これだけを見ても、制作陣の気合の入り方が分かります。

 また1話には当時人気の男性アイドルグループ「フォーリーブス」、2話では女性アイドルデュオ「ザ・リリーズ」がゲスト出演しています。企画段階では2話のゲストは「ピンク・レディー」が予定されていましたが、残念ながら流れてしまったようです。アイドルの起用はスケジュール調整などが難しかったようで、すぐに中断されています。

 そして何と言っても注目すべき存在が、『ときめきメモリアル』の藤崎詩織役で知られる、金月真美さんです。当時子役だった金月さんは14話から「ロング」として登場し、主人公たちとともに子供新聞の豆記者グループ「少年タイムス」に所属、ワルワル博士こと怪人ドワルキンと戦うのです。10代前半の金月さんを見てみたいという方には、DVD-BOXの購入をお勧めします。
 
『ガンバロン』は最終的に資金不足で打ち切られていますが、当初の資金は潤沢だったため、豪華な出演陣を揃えることができたのです。18話から20話にかけてはグァム島でのロケが行われていることからも余裕が伺えます。

 しかしこのとき、既にブルマァクの経営は悪化の一途を辿っており、10月に倒産してしまいます。突如資金を断たれた『ガンバロン』は黒部氏や天本氏をはじめ、ギャラが高い大人の役者の大半を降ろさなければいけない状況に追い込まれます。ほぼ子役だけという状況で敢行された千葉県の御宿ロケで撮影したフィルムと、過去のフィルムの使い回しでどうにか32話までを製作しますが、ここで力尽きてしまい放送終了となったのです。

 筆者と同じように突然の打ち切りにショックを受けた人は多かったようで、『ガンバロン』30周年に当たる2007年には主人公の天道輝を演じた安藤一人氏が中心となって、『ガンバロン30周年記念イベント』が開催され、西郷大造こと大将役で出演し、最後のナレーションを務めた石川進氏も登壇、突然の最終回の秘話が明かされました。

 残念ながら筆者はこの時イベントの存在を知らず、後で本当に悔しい思いをしたものです。石川氏が2012年に亡くなってしまったため、もうお話を伺うことはできません。いつかこのイベントに参加された方から、話を聞いてみたいと常々考えています。

(ライター 早川清一朗)

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