首都の玄関、静寂のくつろぎ空間 重要文化財の駅舎に洋館ホテル
毎日新聞 / 2022年5月14日 17時0分
赤レンガのレトロで重厚な建物でおなじみの東京駅丸の内駅舎には、いくつもの「顔」がある。1日平均約46万人(2019年度)が使うJR東京駅、国の重要文化財(03年指定)、そして、国内で唯一、重要文化財の駅舎内にある宿泊施設が「東京ステーションホテル」だ。いつもなら、あわただしく通りすぎていた日本の表玄関のホテルを訪れると、静寂のくつろぎ空間に包まれた。【大谷麻由美】
大正3年築造、よみがえる当時の姿
1914(大正3)年開業の駅舎は、レンガと鉄筋造りの純西洋風3階建てで、南北に吹き抜けのドームがある。全長は335メートルに及ぶ。
今、目にする駅舎は、2007年から5年半の保存・復元工事で創建当時の姿をよみがえらせたものだ。
ホテルの歴史は1915(同4)年に始まる。
急増する訪日外国人を迎えるためのホテルは国の決定で駅舎の中に造られた。名前は今と変わらず、客室56室を備えていた。堅固な駅舎は23年の関東大震災をも乗り越え、33年には鉄道省直轄の「東京鉄道ホテル」と名を変える。だが、45年5月、米軍のB29爆撃機による焼夷(しょうい)弾の投下で、駅舎の3階部分と屋根などを焼失し、ホテルは休館となった。
この焼失部分を取り除き、南北のドームに八角形の屋根をかぶせた2階建て駅舎は戦後間もない47年に復旧し、開業当時の東京ステーションホテルの名で再開したのは51年だった。
そして2012年10月、創建時の姿で駅舎とホテルはリニューアルオープンした。復元した3階部分と屋根裏の4階部分まで宿泊施設となり、客室数は150室となった。
宿泊者専用の空間に足を踏み入れると、駅の雑踏がうそのような静寂に包まれるが、線路との距離は最短で50センチほどだという。
二重窓を二つ設置した客室、欧州の雰囲気が漂う内装、古い洋館特有の3、4メートルもの高い天井、細く長い廊下……。
駅にいることを忘れるほどの静寂
館内を歩いていると駅にいることを忘れてしまう。
「駅という特別な空間にあると同時にノスタルジーも感じられる。東京にいながら非日常が味わえます」と副総支配人の八木千登世さんは言う。
時空を超えた「旅」をしている。そんな気分にさせてくれるホテルである。
丸の内駅舎の中央部4階の屋根裏は、ホテルのアトリウムになっている。天井高は最大9メートル。三角屋根の片側は光が降り注ぐガラス張りだ。
「国の重要文化財の現状変更になるため、ガラス張りにする交渉は文化庁との間で4年以上かかりました。ホテルでなくなった時に元に戻すという約束で実現しました」(八木副総支配人)
アトリウム一番のオブジェといえば、中央にある創建時から残る赤レンガと鉄骨だ。職人たちが一つずつ積み上げ、鉄骨の間に隙間(すきま)もない。そんな精緻な構造レンガを間近に見ると、職員かたぎと時の重みを感じる。
宿泊者にしか味わえない空間はまだある。
南北のドームに施された意匠を、3階のアーカイブバルコニーから間近で見ることができる。空襲で焼け焦げた南北ドームの屋根は丸みのある形の屋根と窓が復元された。ジュラルミン板で覆われて見えなかったドーム内の天井と壁に、石こうレリーフがよみがえった。
天井にはオオワシの石こうレリーフも
天井中心部には茶色の車輪、羽を広げたオオワシ、豊臣秀吉のかぶと、剣、えとの動物、鳳凰(ほうおう)……。石こうレリーフは豪華で、3段階の濃淡がある卵黄色の壁に白いレリーフが映える。アーチのレリーフに灰色の部分が少しあるのは、残存していた創建時のパーツを取り付けたそうだ。
――残っている部分は限りなく保存し、失われた部分を忠実に復元する。
この指針に基づく保存・復元作業は難航したという。図面も残存せず、現代の職人たちは写真や歴史的史料を集めて研究し、復元作業を進めた。
南北のドームは現在のJR東京駅丸の内南口と北口だ。石こうレリーフは、落下防止ネット越しながら、誰でも通りすがりに見られる。よく見ると天井に花のレリーフがある。
八木さんが教えてくれた。
「クレマチス。花言葉は『旅人の喜び』です」
東京駅とともに長い歴史を刻んできたホテルとあって、レトロで趣のある逸話が数々ある。「コーヒーショップ」という言葉を最初に使ったのはこのホテルだそうだ。
濃厚な味、絶品のビーフシチュー
1915(大正4)年の創建から18年間、日本の西洋料理の草分けである精養軒に経営が委託された。ホテル3代目総支配人が当時の料理長を指導し、生み出したのがビーフシチューだ。その濃厚な味わいは現代風にアレンジされ、「ホテル伝統のビーフシチュー」として今も愛されている。
駅舎の中にあるホテルは作家の想像力もかき立てたようだ。
松本清張(1909~92年)は度々宿泊した線路側の部屋で、当時見渡せたプラットホームから時刻表トリックの着想を得て、小説「点と線」を書き上げたという。
川端康成(1899~1972年)は1カ月ほど滞在、小説「女であること」を執筆した。
また、江戸川乱歩(1894~1965年)が小説の中で、私立探偵・明智小五郎と怪人二十面相の駆け引きの場面で使ったのもこのホテルだ。
内田百閒(ひゃっけん)(1889~1971年)はホテルで短編「東京日記」や紀行文「阿房(あほう)列車」を執筆し、森瑤子(1940~93年)の小説「ホテル・ストーリー」の舞台となる世界の数々のホテルの一つとしてこのホテルが登場している。
伝統をつなぎ、語り継がれるホテルに
「使い続ける文化財」の中にあるホテルとして、その価値を生かし、伝えていく――。「それが、私たちの使命」と八木さんは語る。ホテルの部署単位で競い合う「ホテルガイドツアー選手権」を毎年開いているのは、スタッフの誰もが伝統をつないでほしいという願いからだ。
「この先100年も、東京の中心で輝き続け語り継がれるホテルであろう。先人たちの積み重ねと、そのヘリテージ(遺産)に感謝して」。藤崎斉・総支配人たちが10年前、リニューアルオープンに際し「哲学」として掲げた言葉だ。
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