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58年前の痕跡あちこちに 記者が感じた袴田事件の現場のいま

毎日新聞 / 2024年9月22日 12時0分

袴田事件の現場の様子=山崎俊樹さん提供

 1966年、静岡県清水市(現静岡市)のみそ製造会社の専務宅が放火され、焼け跡から4人の他殺体が見つかった。事件の容疑者として逮捕された袴田巌さん(88)は一度は死刑が確定したものの、静岡地裁でやり直し裁判(再審)が開かれている。赴任して3年目。再審取材を担当しているものの、思えば事件現場は未訪問だった。58年も前に起きた事件だが、往事の痕跡は残っているのだろうか。現地に向かった。

当時の写真を手がかりに

 静岡市中心部から車で国道1号を東に約40分。事件現場は今では閑静な住宅街となっていた。

 かつても住宅が建ち並んでいたというが、58年前、ここには、みそ工場があった。

 事件は66年6月30日に発生。みそ工場の近くに住む専務(当時41歳)、妻(同39歳)、次女(同17歳)、長男(同14歳)が殺害された。

 約2カ月後、静岡県警に逮捕された袴田さんは、みそ工場2階の寮で暮らしていた従業員だった。

 現場には「袴田巌さんを救援する清水・静岡市民の会」の山崎俊樹・事務局長(70)が同行してくれた。山崎さんから渡された、当時の写真を手がかりに一帯を歩いた。

土蔵に残る、焦げた痕

 4人の遺体が見つかった専務宅は東海道線のそばに位置していた。事件後に建て直され、今は空き家になっているという。

 敷地内へ立ち入ることはできないため、詳しい様子はうかがい知れないが、近所の70代男性によると、事件当時に焼けた土蔵が今もあり、外壁に焦げた痕のようなものが残っているそうだ。

 線路越しに見た専務宅の跡地、現場の目の前を走る道路の様子、線路を横切る踏切の形状――。そうした街並みが、58年前の写真と驚くほど重なる。

 有罪の最大の証拠とされた犯行時の着衣「5点の衣類」が見つかったみそタンクがあった場所も訪れた。こちらは現在は一軒家に姿を変え、面影は残っていなかった。

被害者の長女が流した涙

 現場を歩きながら、5月に結審した再審で読み上げられた、被害者遺族の意見陳述書をふと思い出した。

 専務一家は殺害されたが、長女はその日、専務宅におらず、難を免れた。

 遺族は陳述書で、独り雨にぬれながら、涙を流して悲しんでいた長女を見たと振り返った。

 私は現場に立って、事件が起きた当時の混乱を頭に描いた。雨にぬれた長女の姿も脳裏に浮かび、家族を失った長女の絶望を想像した。

 確定判決によると、袴田さんは鉄道の防護柵を乗り越えて専務宅裏口の木に登り、屋根を伝って侵入。専務宅を物色しているところを見つかって事件を起こしたとされた。

 山崎さんは「ところどころが当時のまま。だから時間が止まっているように感じる。このままタイムスリップして、本当の犯人が誰かを知りたいというのが現在の心境かな」とつぶやいた。

 再審の判決は26日に言い渡される。袴田さんは無罪とされる公算が大きい。【丘絢太】

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