昭和スイーツの絶滅危惧種!プリン・ア・ラ・モードを救え!

まとメシ / 2017年8月12日 23時33分

心ときめくなつかしの味を求めて〝バ ック・ト ゥ・ザ・昭和〟なスイーツ。 昭和生まれ世代にとって、2大憧れスイーツだったプリン ・ ア ・ラ ・ モードとホットケーキしかし、いつしか姿を見なくなったと思いませんか?。

戦後、横浜で生まれた 華やかスイーツ

プリン・ア・ラ・モードは、 食べようと思えば今でも気軽に食べられる。コンビニスイーツにもあるからだ。しかしそれらは、あの“昭和”に食べた一品ではない。何しろ肝心のプリンと生クリームが大量生産の市販品なうえ、カステラなどで無意味なかさ増しをされていて、味に深みがないのだ。   プリン・ア・ラ・モードは、 太平洋戦争後、GHQに接収された横浜『ホテルニューグラ ンド』内のコーヒーハウス『ザ・ カフェ』で誕生した。見た目にも量的にもプリンだけでは満足できない、アメリカ軍の将校夫人たちのために作られたデザートだった。「ア・ラ・モード」はフランス語で「流行の」「最新 の」を意味するが、料理用語として「ブルジョワ風の」という意味もあり、あの華やかな盛り付けからそのような名前をつけ たのだろう。昭和35年頃からは、大流行したパーラーや純喫茶、デパートの食堂などで作られるようになり、和菓子やせんべいしか知らなかった日本人の目には、どんなにきらびやかに映ったことだろう。   その後、高度成長期と重なり、人気を博したものの、バブル期とともにその姿を消していく。 クレープ、ティラミス、タピオカと次々と入ってくる“外資スイーツ”の攻撃に耐え切れなかったのだろう。また、作り手の高齢化により、提供をやめてしまった店もある。ある純喫茶のマダムが言った。 「いつしか注文もなくなったし、 プリンを作っておかなきゃならないでしょ。プリンは作るのに手間がかかるからね。だから、うちも辞めちゃったわ」 それでも作り続ける店がある。   今、日本ではいくらでも洗練されたスイーツが食べられるが、 それらにプリン・ア・ラ・モードのような、食べていてほっとするようなやさしさはない。しかし、いいものは必ず伝わる。この戦後に生まれた、メイド・イ ン・ジャパンの洋風スイーツの魅力に若い人たちが気付き始め、 ネットでも小さなブームを起こし始めている。

珈琲 西武(新宿)

思わず歓声が出る! 平皿の上に繰り広げられた百花繚乱の世界

昭和39年創業。広々としたフロアと赤いビロードの椅子。昨今の純喫茶ブームもあり、週末はもとより、ときには平日も並ばないと入れない人気店だ“。写メ欲そそる”、 “SNSにアップしたくなる”このプリン・ア・ラ・モードやトールサイズのパフェは昭和を知らない若い世代の間でも話題。しかし味は繊細で、プリンも生クリームも自家製にこだわっている。

出典:https://matomeshi.jp/articles/371

珈琲 西武(最寄駅:新宿駅)
https://matomeshi.jp/articles/371

名曲・珈琲 麦(本郷)

迫力ある見た目とやさしく懐かしい味わいのコラボ

昭和50年代に入って次々と名曲喫茶が姿を消す中、昭和39年より健在。ここのア・ラ・ モードは直径、高さともに5cmほどある自家製ジャンボプリンが特徴。

出典:https://matomeshi.jp/articles/373

名曲・珈琲 麦(最寄駅:本郷三丁目駅)
https://matomeshi.jp/articles/373

パーラーキムラヤ(新橋)

プリンはスプーンが刺さる、 “固め、濃厚卵味”

サラリーマンの聖地・新橋の東口駅前ビルが完成した昭和42年より営業。ア・ラ・モードに使われるプリンは自家製で、現在、2代目店主が作っている。

出典:https://matomeshi.jp/articles/372

パーラーキムラヤ(最寄駅:新橋駅)
https://matomeshi.jp/articles/372

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