芸術作品を警察から「ワイセツ」と指摘され巨匠が激怒した事件

メンズサイゾー / 2014年5月26日 14時10分

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 明治28年(1895)4月1日、京都で開催された内国勧業博覧会に出展された一枚の絵画が事件の発端となった。

 その絵画とは、黒田清輝の『朝妝(ちょうしょう)』で、外国人らしき全裸の女性が鏡の前に立って髪を束ねているところを描いた作品である。身支度や化粧などをするごく自然なポーズで、構図やアングルもとくに奇異な物ではない。また、作者の黒田清輝は当時28歳、海外でも才能を評価された新進気鋭の画家である。この作品『朝妝』も、海外で認められ、日本でも明治美術会第6回展に出展された実績を持つ。

 ところが、この作品に対して「ワイセツだ」との声が起こった。4月7日の『東京朝日新聞』に掲載された「内国勧業博覧会」という記事の中の「美術館内の裸体画」と題された項目で、この『朝妝』が取り上げられている。そのなかで、「或る筋の人」の弁として、美術展などに出品されるような美術品の条件として、「両股相接する体勢を顕わし陰毛を描かず」というようなものが一般的なのだと説明されている。

 そして黒田清輝は、こうした風潮に真っ向から反抗していた。資料によれば、黒田画伯は日頃から「終始骨無しの人形ばかり描いていて美術国だといっていられるか」と周囲に憤慨を漏らしていたという。股間がツルンと何もない、そして不自然に足を閉じた女性画など、黒田にはつまらない木偶人形でしかなかったわけである。

 そして黒田は、人間らしいポーズを取った、成人女性ならばあるべきヘアを描いた作品を制作した。そして、内国勧業博覧会の審査員になった際、ここぞとばかりに『朝妝』を出展したのである。当然、主催者側もこれには驚いた。「いくら審査員で、しかもフランス帰りの画家だからといっても、この作品は刺激的すぎないか」

 しかし、黒田は一歩も譲らない。「この作品はフランスの恩師の指導によって出来上がったものであり、私の記念の作品というだけでなく恩師へ思いも深いものだ」と熱弁をふるい、「出品できないのであれば、自分は審査員を辞退する」とまで言い放った。その迫力に他の主催者たちも圧倒され、公開の運びとなったとのことだ。

 公開後、『朝妝』はたちまち反響を呼んだ。先の『朝日新聞』をはじめ、主要なメディアは「ワイセツだ」「風紀を乱す」などと作品と黒田を攻撃した。表現の自由や学識、芸術に理解を示すはずのメディアが当局や官憲のように振舞うというのは、この頃からだったようである。その一方で、文化人などからは黒田を擁護する声も続出。近代日本における「芸術か、ワイセツか」という論争は、ここからスタートしたといえよう。

 話題になったことで『朝妝』は連日のように人だかり。日本の世相を多く題材にしたことで知られるフランス人画家のジョルジュ・ビゴーも、その時の様子を書き残している。また、ある業者は『朝妝』の絵柄を印刷したハンカチを製作したが、いざ売り出そうとしたものの即座に摘発され、発売禁止の処分をうけてしまったという。

 さて、当の『朝妝』はどうなったかというと、博覧会では「妙技二等賞」という評価を受け、住友家が300円という破格の値段で買い取ったという。

 その後、裸をめぐる「芸術家、ワイセツか」の論議は現在も続いているのだが、この黒田画伯もこの後さらに「腰巻事件」その他の騒動に関係していくこととなる。それはまた、別の機会に。
(文=橋本玉泉)

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