『キャプテン翼』の舞台、静岡県がサッカー王国になった理由って?

進路のミカタ / 2016年4月28日 12時51分

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現在、「日本代表」といえばサッカーを連想するくらい、人気スポーツとなったサッカー。歴代の日本代表選手を数多く輩出している静岡県は、「サッカー王国」とも呼ばれています。静岡県は、いかにしてサッカー王国になったのでしょうか。

■日本のサッカー人口を増やした『キャプテン翼』

日本代表の試合になると渋谷のスクランブル交差点に人が集まり大騒ぎになるなど、サッカーは人気スポーツの一つとして定着しています。
しかし1980年代初頭までは、サッカーはマイナースポーツとして認識されていました。1981年に、週間少年ジャンプにて連載が開始された漫画が、日本のサッカーの歴史を変えたといえます。

そのタイトルこそ『キャプテン翼』。主人公、大空翼がサッカーで戦う物語。このサッカー漫画は、数々の超絶技で読者を驚かせ、アニメ化もされ一躍人気作品になりました。
日本のサッカー人口を増加させたのはもちろん、元日本代表の中田英寿や川口能活がこの作品の影響でサッカーを始めたと発言。さらに、元フランス代表のジダン、アルゼンチン代表のメッシなどが、ファンであることを公言している等、国際的にも多大なる影響を与えた作品といえるのではないでしょうか。

■藤枝市の学校がサッカー王国になるきっかけに!

そんな日本のサッカーの歴史を変えた『キャプテン翼』の初期は、静岡県が舞台。架空の南葛市で物語がスタートします。実は、作者の高橋陽一先生は、東京都葛飾区の生まれ育ち。南葛というネーミングも、作者が通った東京の南葛飾高校に由来しています。しかし、『キャプテン翼』は静岡県が舞台になりました。これは、当時から静岡県で少年サッカーが盛んだったから。静岡県は、日本サッカー発祥の地でもあります。

静岡県藤枝市のある学校が、開校したときにサッカーを校技として定めました。当時多くの学校が野球を校技として採用していたため、これは珍しいことでした。サッカーはボールとシューズがあればできるため、野球と比べて学生の経済的負担がかからないことがサッカーを校技にした理由のようです。
こうして、古くからサッカーを行なっているその学校がサッカーの強豪校となり、卒業生が指導者となることでその市全体でサッカーが盛んになっていきました。

また、静岡県はバイクなどの工場が多く、多くのブラジル人が出稼ぎにきていました。ブラジル人達がサッカーのコミュニティを作り、これに日本人が加わったこともサッカーが広まる要因となったと言われています。

「静岡県といえばサッカー」と言われるほど、サッカー王国である静岡県。サッカーの街として市がバックアップするなど、県をあげて盛り上げています。このように各地域社会にはそれぞれの文化があり、歴史があります。地域ごとの文化的活動に興味がある人は、文化人類学を学んでみてはいかがでしょうか。国内外の文化について学んでみると、思いもよらなかった発見が見つかるかもしれませんよ。


【参照】
藤枝市ホームページ「藤枝サッカー史 デジタルミュージアム」
http://www.city.fujieda.shizuoka.jp/soccer/digital_museum/index.html

都道府県別統計とランキングで見る県民性
http://todo-ran.com/t/kiji/11623

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