諦めずに続けたことが成長につながる 陸上・岡野菜穂子さんインタビュー

進路のミカタ / 2018年7月24日 12時3分

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実業団の三段跳選手として活躍する岡野菜穂子さん。高校時代は走幅跳の選手としてインターハイに出場しました。岡野さんが「人生で一番ストイックだったかもしれない」と語る高校時代についてお話を伺いました。

■大会直前の肉離れ、ギリギリの状態で挑んだ高2のインターハイ

―― 高校生の頃、どのような生徒でしたか?

本当に陸上一筋の3年間でした。試合と重なって学校行事に出られないことも多く、文化祭には1回も参加していませんし、宿泊行事を欠席したこともあります。でも当時は部活メインで考えていたので、不満に思ったことはありませんでした。
実は私の高校は陸上部以外の運動部はあまり活動が盛んではなく、さらに私が入学する直前まで男子校だったこともあり、陸上部の女子部員が4人しかいませんでした。そのせいもあって、部員同士の横のつながりはとても強かったと思います。


―― 高校総体での思い出はありますか?

2年生のとき、インターハイの最初の予選である支部大会の3日前に、踏み切り足が肉離れを起こしてしまいました。先生方をはじめ周りは「今年は諦めて来年また頑張ろう」という雰囲気だったのですが、先輩に「自分が後悔するんだったら出た方がいい」と言われ、その言葉で大会出場を決意しました。普段とは逆の足で踏み切って、何とか支部大会を突破。その後の都大会でも肉離れが治りきらないまま、ギリギリでインターハイ出場を決めました。苦しかったですが、今思い返すと本当にあのとき諦めなくてよかったと思います。
二度目のインターハイ出場となった3年生のときは、より「勝ちたい」という気持ちが生まれました。しっかりと準備して挑んだインターハイだったので、勝負にかける意気込みは強かったですね。

■生活全てが陸上最優先だった高校時代

―― 高校時代に勝つために努力していたことはありますか?

高校時代は人生で一番ストイックに陸上に取り組んでいた時期。体重が増えないように食事にも気を遣って、お菓子も全く食べませんでした。試合前は遊びにも行かなかったり、足を疲れさせないためなるべく歩かないようにしたり。とにかく生活全てにおいて陸上が最優先でした。あまりにもストイックで、もしかしたら周りは少し関わりづらかったかもしれません(笑)。


―― 高校時代の経験はその後の競技人生にどんな影響を与えたと思いますか?

私が今も競技を続けているのは、やはりインターハイなどの大きな大会を経験できたからだと思います。インターハイでは残念ながら予選敗退に終わってしまいましたが、だからこそ「もっと頑張らなくては」と奮起するきっかけになりました。もしあのとき良い結果が出ていたら、そこで満足してしまって競技をやめていたかもしれません。
高校卒業後、大学で走幅跳から三段跳に転向しました。走幅跳と三段跳では練習方法は異なりますが、ウォーミングアップや筋力トレーニングなどの基礎は変わりません。たとえ種目は違っても、高校時代に頑張ってきたことは、その後の競技生活に大いに生かされてきたと思います。

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