『ライフ・シフト』を実践する 93歳の現役助産師の生き方

MONEYPLUS / 2017年10月4日 11時30分

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『ライフ・シフト』を実践する 93歳の現役助産師の生き方

人生100年時代。あなたはこれからの人生、どのような生き方をしていきたいですか?

93歳の現役助産師 坂本さんは、70歳を過ぎたころ、ひとつの転機を迎えたそうです。その時に選んだ道とは……

「不思議に思ってんねん。なんで、こんなしわくちゃなおばあさんになってから、みんな訪ねてきてくれるんやろ」――。和歌山県田辺市にある坂本助産所。現役最高齢の助産師として著書『大丈夫やで』などで知られる坂本フジヱさん(93)が、にこっと可愛らしい笑顔で首をかしげた。

4,000件以上のお産に携わってきた経験を生かし、著書やテレビのドキュメンタリー番組、雑誌などで、妊娠や出産、子育てについて、ざっくばらんに語ってきた坂本さん。その言葉は多くの人を勇気づけ、遠方からわざわざ訪ねてくる人も後を絶たない。

そんなふうに坂本さんが全国的に知られるようになったのは、80代後半になってからだ。

誰かの役に立てる喜び

私の祖母は坂本さんの古くからの友人で、なにかあれば“ふじやん”と呼んで頼りにしていた。その祖母は今年亡くなったのだが、坂本さんは93歳になる今もなお、生きがいを持っていきいきと、日々、エネルギーに満ちた暮らしをしている。

なぜ、そのような生き方ができるのか――。人生100年時代といわれる今だからこそ、坂本さんから学べることが多い気がして、久しぶりに助産所を訪ねた。

坂本さんは、自宅を兼ねた助産所で暮らしながら、健診や相談に訪れる人を出迎えている。少子化の影響もあってお産の数は減ったが、坂本助産所で産みたいという人は絶えない。ほかに2人の助産師さんが手伝いに来ていて、助産所の仕事を支えている。

お産があるときはもう1人助産師さんが加わり、4人体制で“チームふじやん”を結成するという。お産は夜中が多いが、坂本さんも立ち会い、長い時間、妊婦さんの腰をさすったり、励ましの言葉をかけたりしてサポートに徹している。

著書を読んで、子供の成長に不安のある人が悩み相談に来ることもあれば、「将来助産師になりたい」という学生が話を聞きに来ることもある。

「この年まで仕事をさせてもらえるって、ほんまにありがたい。でもな、もっといえば、生きているだけで、なかなかありえんこと。だから、嫌なことがあっても、生きているだけでええやないかって思う。こんな私で役に立つんやったら、いくらでも話をさせてもらう」(坂本さん)

103歳まで支払う30年ローン

最初に坂本さんが助産所を開いたのは、梅林の広がる山間地だった。23歳で、産気づいた妊婦さんの家に出向く出張助産師として開業したのち、25歳で結婚。自宅に助産所の看板を掲げ、梅とお米を作っていた嫁ぎ先の農家仕事と2人の子供を育てをしながら、助産師の仕事を続けたという。

徐々に自宅ではなく、病院に入院して出産するスタイルが広まってきたこともあり、52歳で自宅の一部を分娩と入院ができる施設に改装。同居していた義両親の介護なども経て70歳を過ぎたころ、そろそろ引退しようかと思った矢先、転機がやってきた。

病院に勤める若い助産師さんが「いつか自分の助産所を開くため自然分娩について教えてほしい」と坂本さんのもとを訪れたのだ。

開業助産師が高齢化している現状を見て、「そりゃ、なんとかせなあかんな」と思った坂本さんは、もっとお産の多い市街地へ助産所をうつすことを決意。

当時、なんと73歳。驚くべきことに、新しい助産所を作るため、息子さんが保証人となって借りたお金は30年ローンだったそうだ。

70代の“エクスプローラー”

100年時代の人生戦略として話題になった本『ライフ・シフト』には、「何歳でもエクスプローラー(探検者)になれる」と書かれている。とりわけエクスプローラーとして生きるのに適した年齢は「18~30歳ぐらいの時期、40代半ばの時期、そして70~80歳ぐらいの時期」だそうだ。

『ライフ・シフト』と、この8月に発売されたばかりの自伝『産婆フジヤン』

70代がエクスプローラーに適した時期、というのを読んで少し驚きを感じたが、坂本さんの人生はまさにそう。『ライフ・シフト』では70代をエクスプローラーとして生きられれば、見違えるほど若さを取り戻し、活力の回復が大きく後押しされるかもしれない、と書かれている。

長寿化時代を生き抜くカギとして、著者のリンダ・グラットンが説いているのは、友人関係や知識、健康といった目に見えない無形の資産だ。

坂本さんは助産所を移転させた当時を振り返り、「おかしな話やけど、借金はどうにかなるやろって気にならんかった。借金のことを第一に考えていたら、今ごろ、命はなかったと思う」と言った。

移転して後進の指導にあたったからこそ、70代にして新しい扉が開かれた坂本さん。しかし、そのためにお金を借りられたのも、助産所を継続してこられたのも、グラットンが言う「高度なスキルと知識」、そして「人的ネットワーク」といった無形の資産があったからだと思う。

『ライフ・シフト』には、アイデンティティが重要だとも書いている。人生で多くのステージとキャリアを経験するからこそ、すべてを貫く“一本の柱”をしっかり持つのが必要だ、と。

坂本さんの場合は、助産師の仕事を柱として人生をかけ、無形の資産を育ててきたのだと思う。私たちも自分の柱を持ち、目に見えないものを大事にする生き方が、今後の人生をいきいきと過ごす大きなポイントとなるはずだ。人生100年と考えれば、その“ライフ・シフト”は、今からでもきっと遅くない。

(記事提供:ケノコト)

著者/吉岡 名保恵・提供/ハレタル
ママ時間からわたし時間へトリップ。「なにかしたい」「新しい自分を見つけたい」「一歩踏み出したい」。『ハレタル』はそんなみなさんの「モヤモヤ」に寄り添い、新たな気づきを提供する情報発信メディアです。

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