『羊の木』錦戸亮、人間の混沌を映し出すような濡れた瞳が作品に生きる

マイナビニュース / 2018年2月14日 11時30分

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「全員、元殺人犯」という触れ込みだった『羊の木』、北野武映画のようなバイオレンス満載の映画なのかと思って見たら全然違った。ユーモア満載で、でも締めるところ締めながら、しだいに人間の業が露わになっていくサスペンス性の高い秀作だ。

魚の美味しいくらいしか取り柄のない港町に、仮釈放された殺人犯たちが6人、10年間の期限つきで住むことになった。これまでにない全く新しい仮釈放と過疎対策を兼ねた、画期的な国家プロジェクトを任された市役所員・月末一(錦戸亮)は戸惑いながらも元殺人犯たちと向き合っていく。町の奇祭のシンボル"のろろ"が物語のいいアクセントになっている。

○キャラの濃い元殺人犯たちと、"小市民"の錦戸亮

元殺人犯たちのキャラが濃い。それを演じる俳優がまた凄みがある巧者ばかりだ。明らかに悪さをプンプン漂わす北村一輝、やたらと色っぽい優香、『シン・ゴジラ』からすっかりその仏頂面が注目を浴びている市川実日子、只者じゃない目をしている水澤紳吾、貫禄あり過ぎる田中泯、最も感じよく見えて絶対何かありそうな松田龍平。

彼らが演じる殺人犯は、ひと口に殺人といっても、それぞれ複雑なワケを背負っている。なかなか抱えきれるものではないヘヴィな人生を目の当たりにしておろおろするばかりの月末を演じる錦戸亮は、彼らとは対照的にいかにも善良な小市民といった印象を醸しだす。

錦戸亮のふつうさを、吉田大八監督は宣伝用のプレスシートで「非凡な凡庸さ」と讃えている。確かに、非凡なのである。ジャニーズのアイドルであるということがすでに非凡であるうえに、錦戸亮は、一時期、関ジャニ∞とNEWS、ふたつの人気グループを掛け持ちするという非凡なことを行っていた。いまは、関ジャニ∞一本になったが、例えば、同じ社内で東京支社と関西支社を掛け持ちするなんて滅多にできるものではない。

グループ活動は一本になったが、アイドルとしてキッラキラの笑顔を振りまく一方で、俳優活動を行う、ジャニーズ特有の器用さを見せる錦戸亮について思うのは、平凡を巧く演じる才能よりも、いったいなぜ、いつもこんなにも悲しそうなのか、ということだ。

○濡れた瞳に悲しさをたたえる錦戸

『羊の木』でもそう思った。これにかぎらず、ほかの映画やテレビドラマで演じる錦戸亮は悲しい顔をしていることがよくある。もちろん役のうえでであって、本人は別に悲しい人ではないだろう。たまたま顔だちが絶妙な困り顔だっただけかもしれない。それにしても、その悲しさをたたえ濡れたような瞳は、どうだ。『流星の絆』(TBS/08年)で"ぬれ煎餅"と呼ばれていたほどだ。それだけ錦戸亮の濡れた瞳には只ならないものがある。私には、従来の悲しさの表現を超越し、この世の穢れをその涙で洗い流そうとするかのような、慈悲の表情に見えてきてならない。

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