空港最前線 第1回 日本の空港がつまらなかった理由--乗るだけの場所から楽しめる場所へ

マイナビニュース / 2018年6月14日 11時1分

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日本各地の空港でコンセプトの見直しや改装が進み、単に飛行機に乗る施設から、遊んで、食べて、楽しめる場所へと様変わりしている。日本の空港が様変わりしている背景には、東京2020大会への対応や増え続ける訪日外国人旅行者の玄関口の設備を充実させる目的もあるが、それだけではない。この連載では、そんな変わりゆく空港の今を紹介していきたい。

○下モノと上モノが分けられていた頃

空港改革の原動力は、東京2020大会や訪日外国人需要のほかにも、空港が旅行者や航空ファンにはもちろん、その地域の人々など広く一般に楽しめる施設だという意識の高まりも関係している。

ちょっと例を挙げてみると、福岡空港や大阪空港(伊丹空港)には新しいレストランやショップがオープンし、7月から始まる成田空港の改装では第1・第2ターミナルに広さと明るさが増す。さらに、中部空港(セントレア)には同じく今夏、新鋭機ボーイング787の展示・体験型空間「FLIGHT OF DREAMS(フライト・オブ・ドリームズ)」が誕生。ボーイング社のあるアメリカ・シアトルをコンセプトにしたエリアも造られる。とても一度では紹介しきれない。

90年代から2000年代の前半、ヨーロッパやアジアの空港に行くと驚かされることが度々だった。映画館やスロットマシーン、有名デパートのショップ、庭園やプール、高級車の展示・販売等々、日本の空港にはないショップや施設、アイデアであふれていたからだ。そうした楽しめる施設を造る空港には、空港をフレキシブルに運営するという発想がある。民営化された空港も少なくなかった。

しかし当時、日本の状況は違っていた。空港の運営は、飛行機の着陸料や駐機料など主に滑走路関連の航空系事業(下モノ)とターミナルなどの非航空系事業(上モノ)とに分けられ、日本の空港は下モノを国や地方自治体が、上モノを国や地方自治体と民間出資の第三セクターが所有してきた歴史がある。そのため、例えば着陸料を安くすることでより多くの航空会社に就航してもらい利便性を高め、同時に増えた乗客にターミナルで買い物をしてもらって上モノで収益を上げる。そんな運営もできにくかった。
○民営化で活気増す

ただ、その後は状況が変わり始めた。中部空港が開港した2005年頃からだ。この空港に造られた飛行機の離着陸が望める展望風呂(「風(フー)の湯」)は象徴的で、旅行者だけでなく、空港に遊びに来る人たちも意識していた。中部空港や関西空港、成田空港などは国が出資する空港会社が滑走路もターミナルも一括運営しているが、それでも海外の空港サービスから徐々に学んでいったのだ。

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