月着陸機を発表したAmazon創業者のベゾス氏は、一体何を目指しているのか?

マイナビニュース / 2019年5月22日 7時51分

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●月の南極を目指せ! - 人も乗れる月着陸機「ブルー・ムーン」
米宇宙企業「ブルー・オリジン」を率いる、実業家のジェフ・ベゾス氏は2019年5月9日、同社が進める月開発計画の最新情報について発表。開発中の月着陸機「ブルー・ムーン」の実物大模型も初披露した。

ブルー・ムーンは、複数の観測機器や探査車などを月へ運ぶことができる能力をもち、さらに有人月探査にも使えるという。これにより、トランプ政権が目指す2024年の有人月着陸の実現と、ベゾス氏が構想する月の経済開発と宇宙植民に向けた礎になることを目指す。

○ブルー・オリジン

ブルー・オリジン(Blue Origin)は、Amazon創業者として知られる実業家のジェフ・ベゾス(Jeffrey Bezos)氏によって立ち上げられた宇宙企業である。創業は2000年で、イーロン・マスク氏率いるスペースXの創業よりも2年早い。

同社の、そしてベゾス氏の目的は「人類が宇宙に進出し、活動の場とするため」ということにある。さらにその背景には、「地球を守るため」という崇高な理念がそびえる。

ベゾス氏は、近い将来地球の資源やエネルギーは枯渇すると予想。その点、宇宙には太陽光から小惑星の鉱物まで、多くの資源やエネルギー源がある。とはいえ、人類にとっては地球以上に住みやすい天体はない。

そこで、重工業や鉱業といった産業を宇宙へ移し、地球には住居と軽工業を残すことで、地球の救済と人類の存続という2つの問題を同時に解決しようというのである。

その具体的な方法として、ベゾス氏はかねてより「スペース・コロニー」を実現したいと語っている。スペース・コロニーというと、日本では『機動戦士ガンダム』でおなじみであり、説明は不要かもしれない。円筒形の構造物を回転させることで、遠心力により内部に擬似的な重力を発生させ、そこに大都市を築こうというものである。もともとのアイディアは、米国の科学者ジェラード・オニール氏が考案したもので、「オニール・シリンダー」とも呼ばれる(ただし、オニール・シリンダーそのものの形状は、力学的、技術的に実現は難しいとされる)。

とはいえ、いきなりコロニーを建設するのは難しい。そこでベゾス氏は「自分の子ども、あるいは孫の世代で実現できるよう、まずはその礎を築く」という長期的視野に立ち、ブルー・オリジンを設立。「Gradatim Ferociter」(「段階的に、どう猛に」を意味するラテン語)というモットーの下、ロケットや宇宙船の開発を行っている。彼の本気度はかなり高く、自身が持つAmazonの株式を毎年10億ドル相当売却し、同社の資金に充てているほどである。

現在同社は、高度100kmの宇宙空間に人や科学装置などを運べるサブオービタルの観測ロケット「ニュー・シェパード(New Shepard)」の開発と無人の飛行試験を行っており、早ければ今年中にも有人飛行を行うことを予定している。また、大型の静止衛星などを打ち上げられる大型ロケット「ニュー・グレン(New Glenn)」も開発中で、2021年に初飛行が予定されている。

そして、これらに続く、そして宇宙植民に向けた次のステップとして計画されているのが、月着陸機「ブルー・ムーン(Blue Moon)」の開発と、それによる月の経済開発である。

○ブルー・ムーン

ブルー・ムーンは、地球を回る軌道から、月を回る軌道へ乗り移り、月面に軟着陸できる能力をもつ。打ち上げには、前述した開発中のニュー・グレンを使うほか、他のロケットでも打ち上げが可能だという。

月へ運べる貨物の質量は3.6tで、これは従来の月探査機などと比べるとかなり多い。貨物の搭載区画も多く用意されており、複数の小型衛星や、観測機器、探査車を同時に搭載し、月の軌道や月面に展開することができる。また、探査車を月面に下ろすためのクレーンなども装備している。

さらに、人を乗せて月に着陸し、さらに月から帰還できる能力ももったバージョンの機体も可能で、詳細は不明だが、搭載能力を6.5tに増やし、上部に「上昇機(ascent vehicle)」と呼ばれる帰還船を搭載するという。

着陸機の電力源には燃料電池を採用。月は14日ごとに昼と夜を繰り返しており、太陽の光が当たらない期間が長い。またブルー・オリジンは、月の南極にあるとされる水の氷を、資源として利用することを狙っているが、その氷は永久影と呼ばれる、1年中ほとんど日の光が当たらない場所に眠っていると考えられている。そこで、太陽光に頼らず安定した電力を作り出すため、太陽電池ではなく燃料電池を採用している。

ロケット・エンジンは、新型の「BE-7」を装備する。BE-7はまだ開発中で、今年夏ごろから燃焼試験を始めるという。

BE-7の推進剤には液体酸素と液体水素を使う。この組み合わせは比推力(効率)が高く、宇宙航行に向いている。

さらに、水を電気分解すれば酸素と水素が取り出せるため、将来的に月の水を採掘して推進剤にする、いわば現地調達することも念頭に置いている。くわえて、酸素と水素は燃料電池の燃料でもあるため、タンクを共有するなど構造を簡素化できる。またブルー・オリジンは、前述した小型ロケットのニュー・シェパードで液酸液水エンジンを開発、運用しており、そのノウハウも活かせる。

BE-7の最大推力は40kNで、またディープ・スロットリング、すなわち推力を最大からほとんどゼロに近いところまで、大きく可変させることができる能力ももつ。これは、ミッションごとに質量の異なるさまざまな機器を積んだ状態で、月面に軟着陸しようとする際には必須の能力である。

そしてBE-7の最大の特徴は、エンジンを動かすのに「デュアル・エキスパンダー・サイクル」と呼ばれる仕組みを使っているところである。通常のエキスパンダー・サイクルは、推進剤のどちらかを使ってエンジンの燃焼室やノズルなどを冷却し、その際に気化したガスを使ってタービンを回転。燃料と酸化剤の両方のターボ・ポンプを動かし、タンクからエンジンに送り込む。この仕組みは、構造が他のサイクルに比べると比較的簡素で、耐久性や安全性が高い。

BE-7が採用するデュアル・エキスパンダーはその応用型のひとつで、燃料は燃料、酸化剤は酸化剤で、それぞれ気化させたガスでそれぞれのタービンを回すことでターボ・ポンプを動かす。

この場合、配管やタービンが増えるため、やや重くなるが、燃料と酸化剤の配管を完全に分けられるため、どこかで推進剤が漏れて混ざり合って爆発するような危険性がないばかりか、それを防ぐためのパッキンなどの部品も不要になる。

また、とくに推進剤に液体酸素と液体水素を使う場合は、それぞれの特性が違うので、最適なターボ・ポンプの回転数が異なる。そのため、ひとつのタービンで両方のターボ・ポンプを動かそうとすると、間にギアを挟む必要があり、構造が複雑になり、故障の原因となりやすい。しかし、配管もタービンも完全に別のデュアル・エキスパンダーなら、本質的にそうした不具合も防ぐことができる。

●民間の力が、トランプ大統領の「2024年の有人月着陸」を叶えるか?
○目指すは2024年の有人月着陸

今回、ベゾス氏がブルー・ムーンを発表した背景には、同氏とブルー・オリジンの目標である、月の経済開発をはじめとする人類の宇宙進出に向けた歩みが着々と進んでいることをアピールすると同時に、米国航空宇宙局(NASA)やトランプ大統領が進める月探査計画への秋波という意味合いもある。

NASAは現在、ふたたび月へ人を送り込み、そしてそれを足がかりに有人火星探査を目指すという計画を進めている。そこで重要視されているのが民間の存在で、月に物資や科学機器、あるいは人の輸送など、その計画の一部に民間企業を活用することで、低コストかつ効率的に実現させると同時に、NASAは月よりも探査が難しく、まだ民間の手が及ばない火星に注力するという方針を立てている。

ブルー・オリジンはかねてより、このNASAの計画に深く関与しており、ブルー・ムーンのさまざまな機器を大量に運べるという能力は、まさにこれに合わせたものだろう。

さらに今年3月には、ドナルド・トランプ大統領が「2024年末までに米国の宇宙飛行士をふたたび月に着陸させる」という構想を発表したことで、米国の有人月探査をめぐる状況は大きな混乱が生まれている。

それまでNASAは、前述のように民間企業と協調しつつ、まず月を回る軌道に宇宙ステーション「ゲートウェイ(Gateway)」を建造し、そこを足がかりにして有人月探査や、あるいは有人火星探査を目指すという長期的な構想を立てていた。しかし、トランプ大統領のこの指令により、それを大きく変更する必要が発生。少なくとも有人月着陸は、当初の2028年の予定から、約4年前倒しされることになった。

ベゾス氏はかねてより、自身の豊富な資金力を背景として、NASAに頼らず単独でも月開発を行うという展望を語っていた。一方で今回のブルー・ムーンの発表においては、こうしたNASAとトランプ政権の計画に応えるかのように、「有人月着陸に対応したブルー・ムーンは、『2024年までに米国人をふたたび月に着陸させる』という政権の目標を満たすことができる」と主張。ブルー・ムーンを売り込む姿勢を見せている。

民間で月探査を目指している企業は、とくに米国には何社もあるが、実際に形になるところまで開発が進んでいる企業は数少ない。ましてや、人を乗せられる機体となるとなおさらである。そこにおいて、ブルー・ムーンの存在は、NASAとトランプ政権にとって救いの手となるかもしれない。

○背景にある民間を活用するという方針

こうした動きから見えてくるのは、民間にできることは民間に任せる、そして月探査の一部を民間に任せるという、もう10年以上続くNASAの方針の正しさである。

現在のNASAが進める有人月探査、火星探査計画の源流は、2004年に当時のブッシュ大統領が発表した宇宙政策「宇宙探査のヴィジョン(Vision for Space Exploration)」にまでさかのぼる。次のオバマ政権では計画が修正されたものの、有人月・火星探査を目指すという方針はほぼ受け継がれ、そして現在のトランプ政権になってからも継続された。

この間、ほぼ一貫しているのは「民間を活かす」という方針である。まずブッシュ政権の意を汲み、NASAは2006年から、国際宇宙ステーション(ISS)への物資や宇宙飛行士の輸送を民間に任せるという計画を立ち上げた。オバマ政権でもそれが継続されたばかりか、2013年からは月探査においても、民間にできることは民間に任せるという計画が立ち上がった。

その結果、いまでは当たり前となった、スペースXなどの民間企業による補給船や宇宙船の打ち上げが実現し、さらにブルー・オリジンをはじめ、スペースXや、さらにアストロボティックやムーン・エクスプレスといった、民間で月探査を目指す企業がいくつも立ち上がり、そしてNASAの支援もあって成長を続けている。

じつのところ、NASAが有人月探査を目指して開発している超大型ロケット「スペース・ローンチ・システム(SLS)」は完成が遅れており、SLSに搭載し、宇宙飛行士を月や火星へ運ぶ新型宇宙船「オライオン(Orion)」もまだ完成していない。月着陸船に至ってはまだ影も形もない。

にもかかわらず、トランプ大統領が威勢良く「2024年に有人月探査を実施する」という構想を打ち出せたのは、こうしたブッシュ政権時代から続く民間を活用するという方針を続けた結果、ブルー・オリジンのように、民間単独で月着陸機を造り出せるような企業が登場したからだろう。

ブルー・ムーンがはたしてものになるのか、トランプ大統領の有人月着陸計画が実現するのか、そしてその後も有人月探査が継続され、民間がすくすくと育っていき、月を舞台に経済開発が行われる時代は訪れるのかなど、その多くはまだ未知数である。

しかし、少なくともその可能性が見えてきたということは、ベゾス氏が目指す月の経済開発、そして宇宙植民といった、人類が宇宙に進出し、活動の場となる時代は、緒に就きつつあるといえるのかもしれない。

○出典

・Blue Origin | Going to space to benefit Earth (Full event replay)
・Blue Origin | Blue Moon
・Blue Origin | BE-7

著者プロフィール
鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュース記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)があるほか、月刊『軍事研究』誌などでも記事を執筆。
(鳥嶋真也)

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