藤代冥砂「新月譚 ヒーリング放浪記」#14触れること
NeoL / 2015年2月19日 11時47分
藤代冥砂「新月譚 ヒーリング放浪記」#14触れること
LOVE ISの後に続く言葉のバリエーションは、きっと星の数ほどはないだろう。MONEYと答える人だっているだろうし、子供の名を置く人や、旦那さん(幸運!)や恋人、果ては宇宙などという答えだってあるだろう。だが、愛とは?という問いへの答えは、だいたいある範囲の中に決まっていると思う。
私はといえば、ジョン・レノンのLOVEという曲の一節が、そのまま答えとなっている。
彼はその歌の中で、愛は真実、愛は感じること、愛は自由、愛は愛されたいと願うこと、などのように、その定義を幾つか並べているが、中でもLOVE IS TOUCHという節が一番印象的で、即物的というか身体感覚に添っているというか、私にはしっくりと腑に落ちる。
「愛は、触れること」
では、触れるとはいったいどういうことなのだろう?
我が自説によると(高校生ぐらいに気づいて以来ずっと唱えてる)、視覚、聴覚、嗅覚、舌に訴える芸術というのは絵画や音楽、香水、美食また統合的な演劇や映画をはじめ沢山在るが、触覚に訴える芸術というのは、比較的少ない。
なぜか?
例外と思える彫刻などの類いは、眺めるだけでなく本来触れなくてはその本当の価値を感じられないはずだが、ギャラリーなどでは、たいがいそれは禁じられている。あれは触感表現なはずだろう。
まあ、それはそれとして、触感芸術が未発達である理由は、日常にはどんな創作をも超える「肌に触れる」という触感があって、人類はそれを発生時から知り尽くしていたため、触感芸術を発展させようなどと思いつきもしなかったのだろう。
つまり、触れるということは、肌と肌が直接触れ合わせることを頂点として、肌以上に触感に訴える素材はないのではないか。
「愛は触れること」は「愛は肌を触れ合わせること」に極論されていると思う。
これは性的な触れ合いとは別次元で存在しているような気がする。もちろん重なる部分もあるとは思うが。
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例えば、乳児に触れた時に、誰もが感じる柔らかさ、温かみ、癒し。説明しがたい幸福感。あれは、いったい何だろう?
科学的な説明では、触れる事によってオキシトシンという物質が脳の下垂体後葉から分泌される。このオキシトシンは、簡単に言えば心を許して接する事ができる向社会性作用をもたらす。
動物というのは、もともと防衛本能が強いのだが、社会を作ったり、子孫を残すための交配活動のために、相手に心を許して接しなくてはならない場面がある。そのために使われるのがこのオキシトシンと言われている。
皮膚というのは、最大面積を持つ感覚器官であり、脳の出先であると言われている。皮膚がどう感じるかは、脳による理性的な判断に大きな影響力を持っている。
肌が合う、という言葉があるように、思考や理性の手前には、身体感覚による取捨選択があって、そこで篩にかけられる相性というのは、最も信頼できる。もちろん、失敗例多々だが。
握手をしただけで、おや?と思ったり、はては生理的に受け付けない何かを感じた時は、その第一印象が正しかったことを後に知った経験のある人は多いと思う。
逆に、触れた瞬間に気を許せる人とは、いい人間関係を結べるだろう。
この肌と肌を触れ合わせるということを医療へ向かわせたのが、マッサージであり、古来より全ての四大河文明において採用されて来た。
相手の温もりが伝わることで、こちらの心にも温もりが生まれることは、科学的な実験を通して証明されている事実だ。脳の島皮質は、心の温もりと体の温もりの双方を兼任していて、どちらかが温まると、残りの一方も温まる仕組みになっているという。なんとも単純に思える仕組みだが、心身にそういうシンプルさもあるということに、安心を覚えたりもする。
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触れるということが、コミュニケーションの基本であることは、出産の現場でも言われていることだ。
出産後に触れられることが少なかった乳児は、健康を損なう事が多い。成長ホルモンは触れられることによって分泌が促進されるからだ。
また、育児においても親とのスキンシップが過度に少ない子供は心身に悪影響が生じることも分かっている。オキシトシンの分泌が不足し、社会性が未発達になったりする。
これらは成人間においても不足の影響は現れて、意外なのは女性よりも男性の方が実は触れられることを必要としている事実だ。マッサージに通う男性が多いのは、身体的疲労だけが原因ではないということだ。
では、ハグはどの程度スキンシップとなっているかと言えば、実は大した効果はないらしい。そもそもせいぜい数秒の行為に過度の効果は期待できない。欧米の人にとってハグはスキンシップというよりも社交や慣習なので、彼らが日本人に比べてスキンシップに長けているわけでもなさそうだ。
また、夫婦間においても、肌と肌との触れ合いは年月と共に少なくなる傾向が強く、性的なものとは別に日常的な触れ合いが本当は必要なのに、それの不足が関係悪化の要因の一つとも言われている。
ジョンが言ったように、愛は触れることに違いないが、そうままならないのが多くの人の現実ではないだろうか。
どんなに容姿に恵まれた人でも、社会や人との接点を失うと、くすんでいく。引き籠ることは免疫力を低下させ、顔の筋肉硬化や心のフラット化によって、表情や感情が乏しくなり、その人が本来持っている美点を消してしまう。現実での人間関係の希薄さをSNSで補うが、そこには実際の触れ合いが無いので、上滑り感は拭えないままになる。
肌を触れ合うことで、オキシトシンを分泌させ、リラックスした状態を作り、健康的な社交性を増すことが、その人の本来持つ美しさを見いだす一つ方法だ。
何かの健康商品の謳い文句みたいになってしまったが、つまりはこういうことになる。
とはいえ、特定のパートナーの有無を問わず、こちらの都合に合わせてタイミングよく触れてくれる、もしくは触れられる人はなかなかいないだろう。
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そこで、セルフタッチの必要が生まれる。要は自分で自分を触れて撫でればいいのだが、なんとなく地味で寂しい感じがするかもしれない。だが、爪切りを自分でするのと同じ様に考えれば大した事ではない。セルフケアの一つだと考えてもらえればいい。
美容目的のフェイスマッサージなどは、セルフタッチの一部なのだが、表面的な美しさだけでなく、心の領域まで意識して触れることでより効果が増すはずだ。
セルフタッチには、リラクゼーション目的と、覚醒目的の2種類がある。
リラクゼーションはオイルなどを使ってゆっくり前腕部など心地良い箇所を触れていき、後者は、何も塗らずに勢い良く擦るように撫でていく。肌に直接触れることが目的なので、細部にはこだわらずに自分の好きなよう触れればいい。
前者はゆっくりとした呼吸を意識しながら、全てを緩ませていくようにする。オキシトシンが分泌されるのはこちらだ。オイルは使った方が、より感触が滑らかになり、その滑らかさは心にも影響を与える。このゆっくりとしたオイルを使ったセルフタッチの場合のみ、他者にしてもらうよりもリラクゼーション効果が高まるという興味深いデータがある。自分でする方が効果があるとは、不思議だ。
また、相撲取が取組前に顔を強く擦る仕草をするように、体を速く擦ることには、リラクゼーションとは真逆の覚醒効果がある。勉強や仕事をもう少しやらなくてはならない時には、使える方法だろう。
自分は坊主頭なので、顔から頭頂部、後頭部へとゆったり撫でることが多い。その後に首筋を撫で、前腕部へ移る。それをゆったりと何往復かさせる。時間にして数分といったところ。日頃から結構な頻度でやるので、オイルやクリームは使わないが、かなりリラックスできる。セルフでは仕手と受手の両方を楽しめるので、心地良さも倍と言えるかもしれない。
マッサージという意識よりも、ただ触れる、撫でるという意識の方が、気軽に出来ていいと思う。
肌というのは、自分と外の世界を隔てる境界でもある。その境界をに触れることで、自分自身の存在を確かめられるのも1つの大きな効果だ。確かにここにいるのだという実感は、不思議と安心感を与えてくれる。
私達は、もしかしたら喪失することに慣れてしまっているのかもしれない。自分が周囲の世界からではなく、自分という世界から消えかかっていっていることを知らずにいる存在かもしれない。
私は、自分の頭部や前腕に触れながら、君は確かにここにいるのだな、と自分を確認している。肌の下には肉があって、肉の下には骨がある。体中には血液や水分がある。そういった即物的な事実を時々知ることは、結構大切だろうと、実感している。自分を消さないために。
愛は、自分に触れること。
この小さなアレンジをジョンはどう思うだろう?
(つづく)
※『藤代冥砂「新月譚 ヒーリング放浪記」』は、新月の日に更新されます。
「#14」は2015年3月20日(金)アップ予定。
関連記事のまとめはこちら
http://www.neol.jp/beauty/
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