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『彼らが本気で編むときは、』荻上直子 × 桐谷健太インタビュー

NeoL / 2017年2月23日 1時0分

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『彼らが本気で編むときは、』荻上直子 × 桐谷健太インタビュー



『かもめ食堂』『めがね』など、ていねいな生活描写とファンタジックな設定が交差する独特の世界観で知られる荻上直子監督。だが5年ぶりの新作『彼らが本気で編むときは、』では、その作風を一転。登場人物に注ぐ温かい視線はそのままに、セクシュアル・マイノリティなどといったリアルな問題と真正面から向き合っている。生田斗真が渾身の演技を見せたトランスジェンダーの主人公の恋人マキオを演じた桐谷健太と監督本人に、撮影の裏側を語ってもらった。


──本作で桐谷さんが演じたのは、男性の体で生まれ女性として生きるトランスジェンダーの主人公・リンコ(生田斗真)の恋人マキオ。ありのままの相手を受け容れる包容力を持った心優しい男性です。作品のテーマを体現する重要な役どころですが、荻上監督はなぜ桐谷さんに演じてもらいたいと?


荻上「桐谷さんって、一般的には“熱い男”のイメージが強いと思うんですね」


桐谷「ははは。そうですか?」


荻上「うん(笑)。私もある時期までは、そういう印象を持ってました。でも少し前に『天皇の料理番』(2015年、TBS)というドラマに出演されているのを拝見したとき、大人の色気みたいなものをすごく感じて……」


桐谷「嬉しいなぁ(笑)」


荻上「それ以来、私のなかでずっと気になる俳優さんだったんです。たしかにマキオはこの話の要となる存在だし、人として本質的な深みを持ったキャラクターだと思うので。これはもう桐谷さんにお願いするしかないと」


桐谷「僕も、実際にお会いする前から荻上監督の作品は拝見していて。作品の空気感を大切にされる方だなと感じていました。映画オリジナルの企画が減っていくなか、監督自身が脚本を書いて撮影すること自体、僕たち役者には嬉しいことだし。今回読ませていただいたシナリオもすばらしいと思った。こういう脚本に飢えてる役者はたくさんいますよ、きっと」



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──『彼らが本気で編むときは、』はこれまでの荻上作品とはかなりトーンが違いますね。穏やかな空気感や、ほっこりとなごめる描写はもちろん健在ですが、同時にシリアスな人間関係や葛藤もリアルに描かれています。監督はなぜ今回、トランスジェンダー(出生時に診断された性と自分が認識する性が一致しない人)の問題を正面から取り上げようと思ったのですか?


荻上「きっかけはすごく身近な経験というか、疑問で……。前作『レンタネコ』(2012年)を撮り終えた後、文化庁の新進芸術家派遣制度でアメリカに留学させてもらったんですね。向こうで暮らすとLGBT、いわゆるセクシュアル・マイノリティの友人が普通に増えていったんです。もちろん環境にもよるんでしょうが、少なくとも私の周りではみんな、構えることなく当然のこととして受け容れていました。それが日本に帰国したとたん、視界からさっと消えてしまった印象があって。『え、これって何なんだろう?』と」


桐谷「その実感が最初だったんですね」


荻上「はい。テレビをつけると、“オネエ”と呼ばれるタレントさんがたくさん出演していて。日本でも何となくLGBTが市民権を得たような雰囲気もありますよね。でも、本当にそうなのかなって。で、そんな疑問を抱いていたとき、ある新聞記事を目にしたんです。そこにはトランスジェンダーの息子のため、胸に着ける“ニセ乳”を作ってあげたお母さんの話が紹介されていました。そのお話を読んだとき、自分のなかで新しい映画への思いが膨らんでいきました。トランスジェンダーの人がただ悩んでいるのを描くんじゃなく、ときには傷付きながらも、現実にしっかり生きてる姿を映画にできないかなって」


桐谷「そういうリアルさというか日常感は、僕もすごく感じました。たしかにトランスジェンダーを描いてはいるけど、決して頭でっかちじゃない。登場人物みんなが生きているんですね。実はマキオを演じるにあたって、僕もいろいろ事前の役作りを考えていたんです。身の回りにいるゲイやトランスジェンダーの友人に話を聞いて、『こういう感じかな』って自分なりにイメージを膨らませたりして。でもクランクイン前、(生田)斗真も含めてみんなでゴハンを食べにいったでしょう?」


荻上「はい、いきましたね」


桐谷「そのとき荻上監督が『実はマキオには、うちの夫のイメージもちょっと入ってるんです』って仰ったのを聞いて、意表をつかれたんです。監督いわく『うちのダンナは服装も全然オシャレじゃないし、話にオチもない。でも、とにかく優しい人なんです』と」


荻上「ははは」


桐谷「それを聞いて、ストンと腑に落ちたというか……。僕のなかにマキオという男性が染みこんでくる感覚があった。リンコ目線からのマキオ像が見えて、それは大きなヒントになりました」


荻上「モデルというほど、大げさなものじゃないんですが…。ただ、マキオを表層的なかっこよさで描きたくなかったという気持ちはありましたね。だから桐谷さんにも当初、『この人はダサくてモサイ人なんです』って、必要以上に強調しちゃったのかもしれません(笑)」




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──生田さん桐谷さんとも、荻上組の現場は初参加ですね。実際に演出された感想はいかがでしたか?


荻上「不安と開き直り、両方が入り混じる感覚だったかなあ(笑)。これまで私は幸運にも、もたい(まさこ)さんや小林(聡美)さんのように、自分もそうなりたいと強く思える“憧れのお姉さま方”と一緒に映画を作ってこられた。そこには絶対的な安心感があったけれど、と同時に、どこか緊張もしていたと思うんです。でも今回は、ジャニーズの大スターと、もっかイチバン旬の俳優さんをがっつり演出しないといけなかったので」


桐谷「いやいや」


荻上「これまでとは勝手がまるで違ったし、お二人の新しい魅力を本当に引き出せるのかっていう葛藤もありました。だからこそ、現場では言いたいことをとことん隠さずに言おうと。それは最初から決めてましたね」


桐谷「僕も新鮮でしたよ、荻上監督の演出」


荻上「そう? キツいこと言って傷つけたりしませんでした?」


桐谷「いえ、それは全然(笑)。むしろ、手探りで一緒にシーンを作っていく感じが心地よかったです。この映画で大事なのはやっぱり、リンコとマキオが2人で過ごしてる時間の空気感でしょう。でもそういう自然さって、『そこの動きをもう少し変えてください』とか、具体的な指示で作れるわけじゃない。そういうとき監督は、正直に『わからないから、ちょっともう2人で抱きあってください』とか仰るんですよね(笑)」


荻上「あははは、今思えば正直すぎる」


桐谷「そういう注文は面白かった。例えば、姪っ子のトモ(柿原りんか)と3人ですごく家庭のシーンでも『すみませんっ! 何がダメなのかわかんないんですけど、今の3人の空気はちょっと違います』みたいなNGが、しょっちゅうあったでしょう」


荻上「本当にめんぼくない……。たぶん優秀な監督なら的確な言葉を出せるんでしょうけど、私にはそういうスキルがないので。相談して一緒に決めていくしかなかったんです」


桐谷「でも、荻上監督にそう言われると不思議と納得するんですよ。そもそも空気そのものを撮ろうと苦労されてるわけだから、そんなに理詰めで説明できるわけがないし。『理由はわからないけど、今のは違います』とはっきり言っていただけたから、現場で気持ちを切り替えられた部分は大きかったと思いますよ。一度セリフを忘れて斗真とボディタッチしてみよう、とか(笑)。うまくいかないときは、いわば気持ちの細胞から入れ替えることが必要なんだって。今回の現場で改めて学んだ気がします」


荻上「その意味では、私も桐谷さんには本当に助けていただきました。ムードメーカーという言葉は安っぽいですけど、桐谷さんがいるだけで現場の雰囲気がなごんで……。スタッフも共演者も含め、みんな安心できるんですよね。役柄的にもリンコさんを全身で守っている器の大きな人だけど、桐谷さん自身にもそういうところはきっとあるんだなと」


──空気感をまるごと切り取るという意味では、カットを割らない長回しシーンも多かったですね。


桐谷「そこは監督、挫けなかったですよね」


荻上「はい(笑)」


桐谷「映画の現場は時間との闘いなので。『このシーンはどうしても今日中に撮らないと……』みたいなプレッシャーは、どうしても出てくるんですよ。そのなかでも極力妥協せず、粘って長回しにこだわる姿勢はすごいと思いました。もちろん撮影中は、そんな客観的な視線はなくて。リンコとトモと僕の3人で、ひたすら一生懸命やってただけなんですけど。できあがった作品を観たとき、本当に映画らしい画になってるなと心から思えた。嬉しかったですね」


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──映画の前半、叔父のマキオから恋人のリンコを紹介されたトモが、初めて3人で食卓を囲むシーンが印象的でした。実の母親からはほとんど構われずに生きてきた彼女が、手料理を食べながら徐々に心を開いていくという。


桐谷「あのシーンもたしか、ワンカット撮影でしたよね」


荻上「はい。今回、生田さんは女性の所作を身につけるのに、試行錯誤しつつ本当に努力してくださったんですけど、いざ撮影となると細かい部分がいろいろ出てくるんですよね。それこそ『女の子は唐揚げを一口で食べたりしない』とか(笑)。ただ長回しの場合、どこかでNGを出すと、最初から撮り直さないといけないから。そういう微調整をするたびに、3人には唐揚げをガツガツ食べていただいて」


桐谷「撮影用に用意していただく料理がとにかく美味しかったので、全然平気でしたよ。この映画を撮っている間、僕は基本的に、食事シーンのある日にはそれを実際のゴハンにしてたくらいですから(笑)」


荻上「そういえば桐谷さん、鍋もすごい食べてましたよね!」


桐谷「めっちゃ食べました(笑)。シャモロックのつみれ。あれもとにかく美味しかったなあ」


──今回もフードスタイリストは、『かもめ食堂』(2006年)や『めがね』(2007年)でもご一緒された飯島奈美さんですね。


荻上「飯島さんの用意してくださる料理って、スクリーン映えするだけじゃなく、本当に美味しいんです。気取った味じゃなく、素材の味をそのまま生かした家庭料理みたいで」


桐谷「食べ飽きない、気持ちがほっこりする味ですよね。演じる側としても、やっぱり美味しくないものを美味しそうに食べるより、本当に美味しいものをそのまま普通に食べる方がいいですもん(笑)。それって観ている人にも伝わる気がするし」


荻上「うん。そこもぜひ、観ていただけると嬉しいですね」


──新機軸がいろいろ盛り込まれた『彼らが本気で編むときは、』。荻上監督にとっては大きな転機になりそうですか?


荻上「なると思います。前作の『レンタネコ』から5年、本当にいろんなことがありました。自分自身、双子の母親になって、アメリカに行って……。書いたシナリオがうまく通らず、ちょっとスランプ状態に陥った期間もあったんですね。だからこの映画を撮れると決まったとき、自分のすべてを捧げるような気持ちで、絶対に生ぬるいものにはしまいと思いました。最後の最後まで攻めの気持ちを貫こうと」


桐谷「うん」


荻上「もちろん完成した作品に対して反省点はいっぱいある。でも、それ以上に『やりきった!』という達成感もすごく強いです。これまで私の作品は、いわゆる“癒やし系”的なカテゴリーに入れてもらうことも多かったですが、この映画から“荻上直子の第二章”が始まるんじゃないかと(笑)。自分で言うのも変ですが、そのくらいの気持ちでいます」


桐谷「僕にとってもマキオのような人物像を演じられたのは、初めて。本当に役者冥利に尽きるというか、また新たな自分が出せたのではないかと思いますね。この経験を生かして、もっともっと先に行きたい。ターニング・ポイントというよりゴーイング・ポイントという感じの、大事な作品になりました」


photo Masakazu Yoshiba
interview&text Takayuki Otani
edit Ryoko Kuwahara


『彼らが本気で編むときは、』
第67回ベルリン国際映画祭 テディ審査員特別賞受賞(パノラマ部門・ジェネレーション部門 正式出品作品)
<ストーリー>
小学5年生のトモ(柿原りんか)は、母ヒロミ(ミムラ)と二人暮らし。ある日、ヒロミが男を追って姿を消す。ひとりきりになったトモは、叔父であるマキオ(桐谷健太)の家に向かう。母の家出は初めてではない。ただ以前と違うのは、マキオはリンコ(生田斗真)という美しい恋人と一緒に暮らしていた。食卓を彩るリンコの美味しい手料理に、安らぎを感じる団らんのひととき。母は決して与えてくれなかった家庭の温もりや、母よりも自分に愛情を注いでくれるリンコに、戸惑いながらも信頼を寄せていくトモ。本当の家族ではないけれど、3人で過ごす特別な日々は、人生のかけがえのないもの、本当の幸せとは何かを教えてくれる至福の時間になっていく。リンコのある目標に向かって、トモもマキオも一緒に編み物をすることに。嬉しいことも、悲しいことも、どうしようもにないことも、それぞれの気持ちを編み物に託して、3人が本気で編んだ先にあるものは・・・


2月25日(土)新宿ピカデリー、丸の内ピカデリーほか全国ロードショー
生田斗真
 柿原りんか ミムラ
 小池栄子 門脇麦 柏原収史 込江海翔 りりィ 田中美佐子/桐谷健太
脚本・監督:荻上直子
製作:「彼らが本気で編むときは、」製作委員会 (電通、ジェイ・ストーム、パルコ、ソニー・ミュージックエンタテインメント、パラダイス・カフェ) 制作プロダクション: パラダイス・カフェ 配給:スールキートス
2017 年/日本/日本語/カラー/アメリカン・ビスタ/DCP5.1ch/127 分/G
http://kareamu.com
© 2017「彼らが本気で編むときは、」製作委員会

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http://www.neol.jp/culture/

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