日本に存在する差別 続2

NewsCafe / 2013年12月17日 15時30分

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日本に存在する差別 続2

日本に存在する差別。我々日本人は本当に何も悪くないのだろうか?ある一部の外国を相手に「あんたが悪いから」と簡単に問題を片付けていないだろうか。
人格・行動・文化伝統・芸術において世界的に評価の高い日本人だからこそ、あらゆる差別に対処し、改善する力が今、問われているのかもしれない。
「日本人の差別への態度」について韓国で働く日本人科学者まさるさんが語ります。
※携帯・スマートフォンサイト向け記事としては長文ですが、編集部の意向により掲載させていただきます。

『人種差別についてーその2』from「ダーリンはフランス人 in 韓国」byまさるさん

※「人種差別について~その1」については「自分の心に問いただす「差別」」の記事を参照ください。

ウルグアイ在住の友人の話だが、その前にウルグアイってどこ??q|゜Д゜|pという人のために。ウルグアイは、南米大陸のブラジルの南、アルゼンチンの東に位置する国。

そんな地球の裏側に住んでいる友人が、10月に日本に一時帰国。それに合わせて、私も一時帰国。そして、高校卒業以来初めての再会を果たした。彼女は、一時帰国の間、日本に住む南米人の相談役となっていた。
日本にやって来た南米人は、つまりは「出稼ぎ」だ。「出稼ぎ」って、日本では死語?

私の友人の話によると、ウルグアイではインフレが激しく慢性的な物不足。働いても働いても生活楽にならず。南米でも治安は良い方だったが、ここ最近は不安定。友人も仕事で家を出るときは、無事を祈ってから家を出て行く。窃盗は多く、性犯罪も少なくない。

<友人の体験談(バスの中で携帯を盗まれたが、あまりにも古いタイプの携帯だったので、盗人が「盗んだ奴から取り返して来た」と言って金をせびってきたらしい。σ(・ω・ノ)ノ)>

そんなウルグアイに住む人々は、まだパソコンでネットサーフィンをする余裕はあるようだ。ネットで流れるアジアの様子、物があふれキラキラ輝く世界はウルグアイの人々に魅力的に映るようだ。彼らは長い間アジアへ行くことに憧れ、アジアへ行けば、働けば働いただけのお給料がもらえ、欲しい物が買えるだろうと夢は膨らんで行くのである。特に若い少女達は、日本と韓国の区別がついてない。なぜかK-POPが人気で、「韓国はファッショナブルで最先端な国」だと思い込んでいるらしい。(そこんとこは、ことごとく友人に言って聞かせたが。(屮゜Д゜)屮 カモーン)

夢を膨らませる南米の少女・女性達の中には、日本男性に嫁ぐという形で日本にやって来る人が実際少なからずいる。50過ぎで結婚相手がいない冴えない男性に、若い南米人の女の子がつく場合が多いというのが友人の印象だ。

そして、そこには日本の「結婚仲介業者」が存在する。

この仲介業者が南米人の女性と日本人男性のカップリングをしているのだ。

(訂正:友人からご指摘があった。この結婚仲介業者は「南米人女性ー日本人男性間」ではなく、「中国人女性ー日本人男性間」ということだ。仲介業者を介さない「南米人女性?日本人男性」カップルもいるかもしれないが、友人が私と話すときに、外国人という視点から話していたことから生じた誤解であった。従って、以降の「南米人妻」に対する記述は、「外国人妻」ということになり、南米人女性に限らないということを、ここで訂正しておきたいと思います。紛らわしくなり、申し訳ありません。(12月18日))

こうしてやってきた南米人の女性たちは、予定通り仲介業者を介して出会った男性と結婚するのだが、多くの場合は、過疎化した村や田舎の町の男性。嫁不足で、言葉の通じない外国人女性でも誰でも、嫁いでくれる女性を求める男性たちなのだ。

また、家族を連れて日本へ出稼ぎにやってくる南米人も多い。
大人達の大半は派遣会社を通して製造業会社へ、子供達は地元の公立学校へ送られる。
だが、日本もこの不況で容赦なくリストラが行われると、真っ先に首を切られるのが派遣の彼ら。職を失った南米人家族は社宅から追い出され、身寄りもなく、路上生活となる。ブラジル系の教会に助けられた例もあるが、小さいアパートを数家族で借り住んでいるケースも見られる。大人達はアルバイトでなんとか家賃をつないでいくしかない。

実際、そのような南米人と町・村民の関係は一体どうなのか。友人の感じた町・村民の南米人に対する視線・態度はこうだ。

外国人に対する物珍しさというのではなく、嫌なものを見る否定的な視線。(彼女も南米人と行動しているからか、同じ視線を受けた。)
町・村民は南米人を避け、無視し、意地悪をする。
嫁いで来た女性は、単身の身で、唯一のよりどころは嫁ぎ先の家族だが、唯一の家族からもから疎まれ嫌味を言われ、日本人夫も妻を守ることはない。もちろん、里帰りなど許されない。
南米人の子供達は、当然のように学校ではいじめ犯罪(私は「いじめ」には「犯罪」を付けることにしている)の対象になる。いじめ犯罪の被害を恐れて親に人前で母国語(スペイン語)を話すな、と子供達も必死だ。
さらに、「中国人女性が日本人幼児を殺害したという事件が発生」したことから、全く関係ない南米人までも風当たりがさらに強くなり、日本人からの信用は全く得られることはない。

さて、私はこれを南米人に対する差別としている。

子供が学校で受けるいじめ犯罪は、確実に差別から来ている。これは疑う余地なしだ。
子供社会は、大人社会の縮図。私は、大人社会に差別がなければ、子供社会に差別はおこらないと私は信じている。

町・村民の南米人に対する差別的な視線。集団無視。直接的な意地悪、嫌味。

もちろん、南米人への自業自得の部分もあることは無視してはならない。
憧れや妄想、物欲でもって結婚相手を選んで、覚悟があろうがなかろうが、日本語や日本の文化などの知識を持たずに日本にやってきたのだから苦労して当たり前である。そこは文句は言えまい。日本だって不況だ。やむを得ずリストラされてしまうことも可能性として考えておくべきだろう。事はそんなにうまくいかないものだ。

また、町・村民側の立場に目を向けてみると、このような状況があるのかもしれない。
得体の知れない人達(中には違法滞在の人達がいるかもしれない)がやってきて、嫁不足な場所に目をつけ、大切な町・村がのっとられるのではないか、という恐れ。もしくは、その南米人たちにより、なにかしらの大小犯罪が町・村で起こり始めたという理由から、彼らには関わらない方がよいという暗黙の了解があるかもしれない。

私が知り得ない理由が色々あるだろうから、一概に、町・村民が悪い!と言えないし、言っているのではない。ただ、私は現地調査をしたわけではないので、あくまで、友人から聞いた話と、その印象から述べているのだが、このケースにおいて2つの事が言えると私は思う。

1)いかなる理由があったとしても、差別的な言葉や態度を投げつけてはならない。
2)自分の意見が大多数を占めるからといって、少数派を問答無用で裁く事は許されない。

1)に関して補足をすると、

これは、私は常に悲しくなってしまうのだが、ネットの書き込みは特に酷い。相手を批判する書き込みは、差別的で悪意に満ちたものであふれている。我々は、美しい日本語という言語を持つ希有な民族であるのに、汚い罵詈雑言が並んでいる。自分の正体がばれないから言いたい放題というのも手伝ってか、日頃の鬱憤ばらしをしているかのような自制を外した言葉の羅列。

あかんあかん、それ。

「向こうの方が酷いヽ(#`Д´)ノ」
「言って来たのはあいつらや(`ε´)ぶーぶー」
というのは言い訳にもならん。

相手と同じ土俵の上に立ったらあかんのです。自分の人間度、民族度を落とす必要は全くないのだ。

話を元に戻して、
南米人を受け入れている町・村で、実際、得体の知れない南米人の中には町・村の印象を悪くするような行動を起こすものがおり、「南米人はこの町を無茶苦茶にする厄介者だ」と町・村民が常識として思うに至ったとしよう。

が、その1つのグループに対する町・村民の集団的行動は正しいのだろうか?
私には「逃げ」と「怠惰」に見える。

私が「嫌悪感を覚えた」と「人種差別についてーその1」で語ったのは、ここだ。
差別対象になりやすい「得体の知れない人達」は、本人達が南米人について、知ろうとしないところに問題がある。知れば「得体の知れた人達」になるのだから。

実は、ウルグアイに住む私の友人も、ウルグアイで差別を受けている。彼女の子供達もだ。
その理由は、「得体の知れないアジア人」だからだ。
それに対して、町・村民の皆さんは、南米人を知ろうという努力があったのだろうか。
私が上で述べた、ウルグアイの事情は知っているのだろうか。

友人がウルグアイに住んで随分長くなるが、
彼女と話していて、私が韓国人に感じる「話が通じない」という感覚を、ウルグアイ人に感じたことはないと思える。私が韓国の生活を語ると、彼女は新鮮な様子で聞いてくれていた。 「ある、ある?」とは一言も言わない。「え?、韓国人ってそうなの?知らなかった?。」ばかりだ。

ウルグアイ人は韓国人とは違う。話が通じない相手ではない。このことを、南米人を煙たく思う町・村民は知っているのだろうか。

どのような試みをしても、全く話にならない相手(や国)というのが存在する。

頑固で人の話を聞かない、自己中心的、自分勝手、自分が常に正しいと思い、責任転嫁の常習。自分の言動を常に正当化しようと言い訳し、自分が責められるとなると攻撃的に感情を露わにする。

こういう人や国に対しては何をしてもだめだ。最終手段として「突き放す」 しかない。

この場合、私はそれを差別とは呼ばない。なぜなら、そこに行き着くまでに、問題を解決しようと努力をしているからだ。十分な努力をした上で、それでも解決を見ない場合は、突き放すしかない。彼らには、構ってもらえないことが、一番の薬になるからだ。つまり、そこに自分たちのためだけでなく「彼らのため」という理由がある。

その町・村民たちは、そこまでした上で、南米人たちを「突き放した」のだろうか。

友人の話を聞く上で、私が感じた事は、町・村民から元々線を引かれてしまっていることである。
これが差別である。
町・村民さん達の気持ちもわからなくもない。

が、もし、そこに正当な理由があるのであれば、
まず、南米人にどうしてこの状況に至ったか詳しく歴史を説明するべきであり、今後どのように行動して欲しいのか、町・村のルールを理解してもらうことから始めねばならない。言葉が通じないから、というのは理由にならない。

2)自分の意見が大多数を占めるからといって、少数派を問答無用でさばく事は許されない。

ということに関して補足すると、

「赤信号みんなで渡れば怖くない」的心理。そして、最近の「リーガルハイ2」で古美門弁護士が熱弁していた「本当の悪魔はふくれあがった民意」に相当すると思われる。

町・村民の中でも、別に南米人にはなんとも思っていない、
他の町・村民と同じく別に良い事もしてないだろうが、悪い事もしてない、なんて思っている人がいるかもしれない。

こういう方たちは、一体何をしているのか?自分が差別の対象にならないように、多数派に入っているのではないか。

そして、自分の意を同じくするグループが、大多数になってくると、よってたかって少数派を攻撃、時には非人道的な行為に出ても、それを「粛正だ」と正当化してしまい、それがまかり通ってしまう。
そんな心理がそこには流れていないか?これも、私が嫌悪感を感じる、というよりむしろ、恐ろしいと思うところなのだ。

ま、南米人女性をもらった男性が、もっと町・村民に理解してもらえるよう働きかけ、妻の側についてあげなければならないところだが、それがなされてないのが一番の問題かもしれないんだけどね。(もっと頑張ってよ、夫!南米人の女性を妻にもらうと決めたのはあなたでしょうが!)

私は、やはり、差別というものはなくせるものだと思う。

我々は、誇り高き日本人だ。なにが「恥」かを一番よく知っている民だ。
そんな素晴らしい国民に、私がここで何を言いたいのかわかっていただけると思う。

今回は長くなってしまいました。お付き合い下さり、ありがとうございました。
が、ここで終わりじゃないの。
人種差別についてーその3に続いちゃう!
(その3に続きます!)

・まさるさんの記事をブログページで読みたい方は「ダーリンはフランス人 in 韓国」http://blog.livedoor.jp/morimori088/へ!

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