過去の災害を伝える地名

NewsCafe / 2014年8月28日 15時0分

広島市の土砂災害は天候が不安定であるため、依然として行方不明者がいるものの、二次災害のおそれもあり、なかなか捜索が思うようにいきません。
東日本大震災や広島の土砂災害を考えると、どのように防災対策をすすめるかはもちろんのこと、かつての言い伝えをどのように継承して行くのかも大事だということがわかります。

なぜ地名が大事なのかといえば、広島市の土砂災害も本来の地名であれば、災害が多い場所だったことがわかります。
広島市安佐南区八木地区の八木3丁目はかつて「蛇落地悪谷」と呼ばれていたことをフジテレビの「とくだね」が紹介したことが話題になっています。
そして蛇が降りるような水害が多かったことが理由」だとか。「八木蛇落地悪谷」から次第に「八木楽地芦屋」となり、「八木」だけが残されたというのです。

「蛇」を土砂災害に例える話は地名以外にも言い伝えとして残されている場所があります。7月に土砂災害のあった長野県南木曽町です。
この地域では土石流が「蛇抜け」と言われてきました。昭和28年に起きた蛇抜けによって3人が亡くなっています。南木曽町では石碑「悲しめる乙女の像」が建てられ、

白い雨が降るとぬける
尾(根の)先 谷(の出)口 (お)宮の前(には家を建てるな)
雨に風が加わると危い
長雨後 谷の水が急に止まったらぬける
蛇ぬけの水は黒い
蛇ぬけの前にはきな臭い匂いがする

とも言葉が書かれています。しかし、今年の「蛇抜け」でも1人の死者が出ました。教訓が活かされなかったのです。
一方、石碑の警告を守った場所が東日本大震災ではあります。岩手県宮古市姉吉地区です。「大津浪記念碑」があり、

高き住居は児孫の和楽
想へ惨禍の大津浪
此処より下に家を建てるな
明治二十九年にも、昭和八年にも津浪は此処まで来て
部落は全滅し、生存者僅かに前に二人後に四人のみ
幾歳経るとも要心あれ

と書かれている。今回の大震災でもこの石碑近くまで津波がやってきた。
しかし、石碑よりも上に住居が建てられていたために、地域内の犠牲者は、他の地域で被災して亡くなった3人をのぞくといません。

東日本大震災で最初の200人の犠牲者と報じられ、のちに誤報だとわかった場所が仙台市若林区荒浜。
「荒浜」というのは名の通り、海が荒れており、かつ、「深沼海岸」とも言われて、浜堤列の間の低湿地帯に由来するとされています。

また、東京電力・福島第一原発がある場所は、双葉町と大熊町の間にあります。
この二つの町と浪江町をあわせて「標葉(しねは)郷」と呼ばれました。「標葉」は「津波を閉め出す」という意味が込められているとも言われています。
第二原発がある楢葉町の「浪倉(なみくら)」は「浪が崩れる」という意味ということです。

  • 前のページ
    • 1
    • 2
  • 次のページ
NewsCafe

トピックスRSS

ランキング