報道の裏事情 - ふるまい よしこ 中国 風見鶏便り
ニューズウィーク日本版 / 2013年10月31日 16時31分
「北京の街の様子は今はどうですか?」
天安門でジープが炎上した事件の後、日本からこう訊かれた。「なんともないです」「あ、回復したんですね」「いや、回復も何も最初からなにも変化していません。一時道路が渋滞し、最寄りの地下鉄の駅が閉鎖されましたが、そんなことしょっちゅうだし、ほとんど何も影響を受けていない市民の方が多いです」
ジープにはねられて亡くなった方、ケガをした方は本当にお気の毒で言葉もないが、世界で最も知られている広場の毛沢東の肖像画の下で炎をあげて燃えるジープはあまりにも出来過ぎた構図で、それだけで世界中の人々の目を引いた。だが、この事件は意外なことに、天安門という場所は我々ガイジンが考えているほど中国人にとって「心のランドマーク」ではない、ということを暴露した。事件を知った人たちはみんな一様に驚いているが、精神的にショックを受けたなどという声は聞かなかったからだ。「天安門といえば日本の○○、だから街はパニックになったのではないか...」という想像はまったく場違いも甚だしかった。
もちろん、発生直後に現場にいた人から微博などに流れた写真はあっというまに削除され、メディアは政府による抑えた論調の統一原稿で事件を簡潔に伝えているだけなので、起こったこと自体を知らない人も全国にはまだまだいるはずだ。だが、ネットで目にした中国人の感情のたかぶり具合はわたしが知る限り、東北大震災発生直後に目にした中国人の狼狽ぶりとは比べようもないくらい控えめなものだった。
だが、どうしても外国から見ると、中国の象徴的な天安門事件に炎が上がったのだから街は大騒ぎになったのでは、という想像にとらわれてしまうようだ。日本メディアが繰り返し、あの絵になる写真を流し続けるのだから見た人はそう思ってしまうのもしかたがないのだろう。「すわ、また天安門事件か」といった報道をしたところもあるという話も聞いた。確かにまれにない大事件だし、熱心なのはわかるが、繰り返し同じ場面を見せられることでこれほど現実と違う印象をもたらしてしまうメディア報道も(いつものことだが)考えものである。
一方で、メディアが熱心に流すものの、それが一体何を意味するのか、読み手や観ている人にはさっぱりわからない「事件」もある。
先週、広東省広州市を拠点とする地方新聞『新快報』の一面に「請放人」(釈放しろ)という大きな文字が踊ったというニュースを、日本メディアでも次々と報道した。記者がわざわざ湖南省からやってきた警察に連行されるという事件に対する同紙編集部の抗議だったが、翌日も同様の抗議が続き、これは......と思っていたところ、先週末に国営テレビ中央電視台(CCTV)で件の記者がテレビカメラに向かって「カネをもらってわざと企業を中傷する記事を書いた」と自供する様子が流れ、熱気を帯びた報道や論争は一挙に収束した。日本メディアも結局それをきっかけに報道に終止符を打ったようだ。
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