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「アンネの日記」事件に思う - 酒井啓子 中東徒然日記

ニューズウィーク日本版 / 2014年3月2日 11時55分

 「アンネの日記」が、東京の各地の図書館で、破られたり廃棄されたりするという事件が起きている。欧米と違って、反ユダヤ主義的な行動が歴史的にあまり見られなかった日本で、こうした事件は珍しい。誰が犯人か、さまざまな憶測を呼ぶなかで、筆者が一番心配したのは、その犯人捜しのなかで、単純な発想から、アラブ人やイスラーム教徒が疑いをかけられるのではないかということだ。

 反ユダヤ主義にも縁が薄いのと同じく、日本のアラブ人社会やムスリム社会とユダヤ人社会の間に敵対的な事件がおきる可能性は、ほとんど考えられない。だが、パレスチナ問題を聞きかじれば、多くの日本人がつい「イスラーム教徒・アラブ人=反ユダヤ」と思い込みがちなのではないか。実際、欧米では長くそのような認識で、イスラエルと戦うアラブ諸国を「反ユダヤ主義のナチス同様の悪者」視してきた。1952年にエジプトがイギリスの間接支配を抜け出して共和政革命を起こしたとき、その国民的ヒーローだったナセルを、当時のイギリスのメディアは「アラブのヒットラー」だ、と真っ向否定した。

 確かに、日本のニュースでは、アラブやイスラーム諸国の反イスラエル政策が、スキャンダラスに報じられることが少なくない。イランの前大統領、アフマディネジャードなどはその典型で、ホロコーストはなかったかたいした規模ではなかった、と発言して、国際的な物議をかもした。ちなみに、日本で90年代半ばに同じことを書いた結果イスラエル・ロビーの圧力を受け、「マルコポーロ」という雑誌が廃刊に追いやられた、という出来事があった。

 だが、アラブやイスラーム社会の反イスラエル政策を、反ユダヤ主義と誤解してはいけない。彼らのイスラエル批判は反ユダヤ主義ではなく、ユダヤ教徒だけを他の宗教と切り離して独立国を造ったシオニズムという思想に反対している。ホロコースト発言で顰蹙を買ったアフマディネジャードは、イスラエルという国を否定したことでも問題視されたが、それはユダヤ人を殲滅するという意味ではなくて、イスラエルという、ユダヤ人だけ特権的な権限を与えて先住民を差別する、その人種主義的国家のあり方を否定したという意味なのだ。

 なので、アラブ、イスラーム社会でイスラエルに対する批判は山のように出てくるが、ホロコースト被害者を侮辱するような行動は、ほとんどお目にかからない。アフマディネジャード発言から数年を経た2009年には、モロッコ国王が「ホロコーストは現代史における最も悲劇的な出来事のひとつだ」と発言している。昨年大統領に当選したロウハーニ・イラン大統領は、前任者のホロコースト否定発言について、「それを言った人物はもう去ったから」と、受け流した。

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