ユニクロの「カタカナロゴ」が「ガラパゴス化」を救う? - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 / 2014年5月15日 13時24分

 アメリカでもユニクロの店舗を見かけることが多くなりました。実は、ユニクロのアメリカ進出は、「2度目」になるのです。私の住むニュージャージーでは、2006年に一旦フリーホールドという近所の地方都市にまで出店があったのですが、短期間で撤退するなど試行錯誤があったようです。

 そのユニクロは近年ではマンハッタンに大型店を出すなど、攻勢を徐々に加速しています。当初は、アメリカのカジュアル衣料に必要な「微妙なデザインテイスト」がない、どこか「ディスカウントストア向け衣料」のようなイメージがありましたが、徐々にデザイン性を加えてきたのと、機能性衣料の紹介、更には価格の適正化というような調整を経て、現在では事業としても動き出しているように見えます。

 そのマンハッタンでは、五番街とソーホーの大型店が有名になったわけですが、最近では百貨店メーシーズの巨大な旗艦店舗の並びに当たる、「34丁目」にも大きな店を出しています。この通りは、今では「GAP」その廉価版の「オールド・ネービー」、「ZARA」、「H&M」などに加えてユニクロも出てきたことになり、正に「アパレル銀座」と言えると思います。

 そのユニクロですが、日本国内だけでなく最近はアメリカでも「UNIQLO」という英文のロゴと「ユニクロ」というカタカナのロゴを必ず両方同一サイズで掲げるようになっています。デザイナーの佐藤可士和さんのデザインした赤いロゴですが、日本国内では普通でも、アメリカではその「カタカナ」は珍しく、また強烈に見えます。

 しかし、考えてみればこれは画期的なことです。というのは、従来の日本企業はアメリカ市場においては、ここまで「日本」を前面に出したことは少ないからです。

 例えば「SONY」がその先駆だと言えると思いますが、多くの日本企業が海外では欧文の社名を使って、「無国籍」なイメージで売り出していました。松下電器は長年「PANASONIC」をアメリカでは使っていましたし(日本国内までそうなりましたが)、自動車各社の場合も、日産は最初は長い間「DATSUN(ダッツン=ダットサン)」でしたし、高級車ブランドの場合は「LEXUS」「ACURA」「INFINITI」と完全に「無国籍」で来ています。

 確かに60年代までは、「メイド・イン・ジャパン=廉価な粗悪品」というイメージがあり、そうした「無国籍マーケティング」というのも仕方がなかった面があると思います。ですが、80年代以降の、日本製品への評価が高まっても各社の姿勢は不変でした。

 私は、以前にキヤノンの経営幹部の方に「カメラは日本製が最高という評価があるのだから、もっと日本企業というイメージを押し出したらどうか?」と申し上げたことがあります。その頃は北米市場で同社はデジカメのイメージ・キャラクターにはマリア・シャラポワを起用していたのですが、それも当時の日本でのキャンペーン同様に渡辺謙さんでいいじゃないかと思ったものです。

 そういう意味では、今回の佐藤可士和さんデザインによるカタカナの「ユニクロ」というのは画期的だと思うのです。



 背景には、日本の「カタカナ」がデザイン的に「クール」だというイメージを持たれているということもあると思います。伝説的なSF映画『マトリックス』(1999年)のタイトルバックには、「カタカナもどき」の意匠が使われていましたし、今週末にアメリカで公開になる「最新版」の『ゴジラ』のタイトル(予告編段階)には、英語表記の裏にカタカナが重ね合わされています。

 アメリカでは、特に日本語を学習していない人でも、一定の割合で「カタカナ」のデザイン的な特徴を理解した上で、それが日本語の文字であることを知っています。更に日本のカルチャーに興味のある人の場合は、そこにある種の好感を持っているのです。

 今回のアメリカにおけるユニクロの「カタカナロゴ使用」には、こうした時代背景が前提になっているというのは間違いないでしょう。

 ですが、そうであっても、この「カタカナロゴ使用」というのは、それとは別に大きな意味を持つように思います。それは、国際社会において「日本の企業である」ということを堂々と名乗るということです。

 このことの意味は大変に重いと思います。それは、世界中で「ニッポン、ニッポン」と叫んで独善的に胸を張るという意味ではないのです。それは、世界各国で「日本企業」だということを名乗りつつ、各国の消費者に受け入れられ、各国の社会に貢献するという宣言に他なりません。法規制があればそれに従い、税制に則って税金を納め、宗教や文化上のタブーがあればそれを尊重する、そうした「社会的存在」として、逃げも隠れもしないということです。

 その上で、「日本企業」であることを堂々と名乗って行く企業は、日本のカルチャーの中で、明らかに世界で受け入れられるものはどんどん広めてゆき、その代わりに世界の常識から外れることは慎むという姿勢からブレない行動パターンを自然と取るようになっていくと思います。

 結果的に、そうした企業が増えることで日本経済全体もガラパゴス化を回避する事ができるのではないでしょうか? 現在、行きがかり上、海外市場で「無国籍」なブランドやマーケティングを展開している企業も、そろそろ再考の時期が来たと思います。

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