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イラクのフランケンシュタイン - 酒井啓子 中東徒然日記

ニューズウィーク日本版 / 2014年5月24日 11時37分

 作者のサアダーウィは1973年、バグダードに生まれた。小学校にあがった頃からずっとフセイン政権のもとで、独裁と情報統制と戦争と経済制裁に苦しまされてきた世代である。フセイン政権下でいい思いをした上の世代とも、イラク戦争後の「解放」を喜び、無邪気に下克上を目指した若者の世代とも違う。過去30年間にイラクを襲った悲劇を、体験してきた目撃者だ。選挙で野心をむき出しにする政治家たちが、なかなかその声を掬えない世代ともいえるかもしれない。

 それでも、好きに小説を書き、好きにそれらを読むことのできる時代に生きていられることは、すべてのイラク人にとって心安まることに違いない。イラク人は13世紀にモンゴルの来襲によってアッバース朝が倒れたことを、こう嘆く。「襲来によって殺された人々の血で、チグリス河が真っ赤に染まった。それからモンゴルの統治者が河に投げ捨てた本のインクで、真っ青に染まった」。それだけ、文化的に蹂躙されることを、イラク人は嫌う。

 今のイラクでは、シーア派政党が与党連合を固め、万年野党と化したスンナ派政治家の不満が渦巻き、宗派に偏った政治運営が続く。かつて米政府が喧伝した、民主化のかけ声などどこかに消えてしまったかのようだ。

 それでも「イラク戦争後の内戦状態よりはましだ」と、イラク人たちは考えているのかもしれない。二度とフランケンシュタインが登場するよりは、と。




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