「ヤジ事件」を機に、社会的セクハラ体質を徹底検証しては? - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
ニューズウィーク日本版 / 2014年6月24日 10時37分
ですが、犯罪を犯して「前科」がついたから、あるいは「離婚した」からという人生の局面において、まるで人間の格が下がったかのような扱いをして、社会的な性的好奇心がその女性に向けられるというのは、やはりカルチャーとして非常に貧困であると思います。強い言葉で言えば、お金で女性の尊厳を蹂躙しているような印象があります。これも社会的セクハラの一種ではないでしょうか。
これに加えて3番目として、言葉の問題を指摘したいと思います。まず、現代の日本では、女性を社会的な性的好奇心の対象にする語彙がひどすぎると思います。例えば女性の体型に関して、巨乳だとか貧乳だとかクビレだとか、いい加減にして欲しいと思うのです。例えば深夜の番組であるとか、成人向けの閉ざされた表現の世界であるならばともかく、非常に広範なメディアの空間で、あるいは実社会でもこうした語彙が飛び交うというのは異常だと思います。
性的好奇心というのとは少し違いますが、若い時から知っていた女優を久しぶりに目にした時に「劣化」したなどという表現も、その女性だけでなく、女性一般の尊厳を踏みにじるような印象があります。
勿論、こうした言葉の問題は、過剰であることで「おかしみ」が出たり、女性自身が自分のジェンダーを茶化してみるために使用するという面もあるわけで、単純に「取り締まり」をするというのは滑稽なだけです。それは分かるのですが、では、現在のように何でもアッケラカンということでは、やはり社会的なセクハラ体質が横行する温床になっていると思います。
では、男性である私が、どうして社会的セクハラ体質を批判しているのでしょうか? それは、こうした問題を克服することが日本の社会が進むべき方向ということもありますが、そもそも「セクハラ体質を抱えている」ということは、日本の男性社会一般が「自尊感情に乏しく、脆弱さを抱えている」ということの裏返しだからです。
男性は、自信があり、精神的に強いから、その力を持て余して女性に対して「性的嫌がらせ」をするのではありません。そうではなくて、「精神的に何かに飢えているから、自分に自信が持てないから」暴言や暴力を働くのです。
こうした「弱さゆえの攻撃性」というメカニズムは、別に現代の日本に特有のものではありません。どこの社会にも、どの時代にも見られるものです。ですが、現代の日本の場合は「庶民性」という錦の御旗を掲げることで、こうした「脆弱さをさらけ出した攻撃性」を正当化する傾向があるように思います。庶民をバカにするのもいい加減にして欲しいのですが、いずれにしても、今回の「ヤジ事件」を契機として、そうしたカルチャー全体への議論が起きればいいと思います。
-
- 1
- 2
この記事に関連するニュース
-
高齢者が困るトラブル第1位は「アダルトサイト」…「年を取ると性的な興味がなくなる」の大誤解
プレジデントオンライン / 2024年11月23日 18時15分
-
男性のセクハラ被害「半数が誰にも相談できず」容姿のからかいから性行為強要まで…職場で約3割が経験。深刻な実態を300名に調査
PR TIMES / 2024年11月21日 13時40分
-
なでしこリーグのセクハラ告発に谷口真由美「スポーツ界の構造が問題」
RKB毎日放送 / 2024年11月13日 15時29分
-
WWEの元構成作家が語るビンス・マクマホン、言葉の暴力や性差別「生きるか死ぬか」の日常
Rolling Stone Japan / 2024年11月7日 7時35分
-
「時代のせい?」安藤美姫、“妊娠のアウティング”トークでの発言に見た“ヤバさ”の真髄
週刊女性PRIME / 2024年10月26日 13時0分
ランキング
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください