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普通のイラク人にとっての国民和解とは - 酒井啓子 中東徒然日記

ニューズウィーク日本版 / 2014年9月11日 10時10分

 なので、キルクークで平和醸成ができたらイラクでそれを実現する、モデルケースになるはずだ。それだけに、困難を極める。にもかかわらず、その難業に取り掛かろうとするイラク人がいるところが、まず驚きである。

 アーリー氏と話していてとてもしっくりくるのは、彼がイラクで生まれイラクで育った人間として、健全な国づくりの常識を持っているところだ。もともとバグダードで育った彼は、諸民族、諸宗派が当たり前に共存しているなかで暮らしてきた。コンピューター・エンジニアリングを学び、人間は出自ではなく、教育や訓練で身に着けたものによって社会に評価されるものだと考える、普通の青年である。

 だから、それが当たり前になっていない今のイラクに危機感を感じている。数年前、バスに乗っていたときに武装勢力に止められ、同じ乗客が「スンナ派だ」というだけでその場で射殺された事件に出食わした。似たような出来事は、当時あちこちで起きていた。アーリー氏は、それがきっかけで、「インサーン」(アラビア語で「人間」「人道」の意味)というNGOを立ち上げた。

 彼との雑談のなかで印象的だったのが、今のイラク社会でプロがプロとしての自覚もないし評価もされない、と嘆いていたことだ。経済事業や石油開発は、ちゃんとその教育を受けた専門家が担うべきだし、国防はちゃんと訓練されたプロの軍人が担うべきだ、と彼は言うのである。確かに、イスラーム国が攻めてきて、国軍が一斉に逃げてしまったのは、兵士がちゃんとした軍人としての訓練を受けていなかったからだ。彼らはただ給料をもらうためだけに、兵士になっただけなのだから。
 
 アーリー氏は、フセイン政権時代のイラクで教育を受けている。フセイン政権は独裁体制だったが、経済分野や石油開発は、専門家に任せるテクノクラート重視の政策を取っていた。今のアバーディ首相同様、外せない重鎮を回りに抱えながらも、彼らは「革命評議会」とか「党指導部」とかの窓際ポストに追いやって、実際の閣僚はテクノクラートで占められていた。フセイン政権はひどかったが、その発想はよかったじゃないか、と考えるイラク育ちのイラク人は、少なくない。

 その一方で、アーリー氏の、逃げてしまった兵士に対する同情にも少し感動した。フセイン政権時代、プロとして厳しく訓練を強いられてきたイラク人たちは、もう誰とも戦いたくないのだ。敵を想定して、厳しい軍事訓練を続けるには、過去の戦争経験に飽き飽きしすぎたのが、今のイラク人である。だから、プロ意識を持てといわれても持てないのは、仕方がないかもしれない――。

 イラクはまだ希望があるな、と思わせてくれる出会いだった。




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