アラブの連帯を誘うイラク旧政権派 - 酒井啓子 中東徒然日記
ニューズウィーク日本版 / 2015年4月12日 11時21分
4月は、イラクにまつわる記念日が多い。
4月9日はイラク戦争でのバグダード陥落の日で、12年前のこの日、米軍の戦車が凱旋するなか、首都の繁華街の中心にあったサッダーム・フセインの銅像が引き倒された。実はそれから23年前の同じ日、今の政権与党のダアワ党の創設者で、イラクのシーア派イスラーム思想の父と言われるムハンマド・バーキル・サドルが、フセイン政権によって処刑された。正確には一日前らしいが、多くのイラク人の間で同じ日だと認識されている。なので、イラク戦争以降この日がくると、「サドルが殺された日にフセイン政権が倒れた」と、ザマアミロ的なツイッターが、毎年行き交う。
一方、今では一顧だにされないが、その2日前の7日は、フセイン政権が寄って立っていたバアス党の創立記念日だ。
さて、今年のバアス党創立記念日に向けて、少し変わった出来事が起きた。旧フセイン政権時代のバアス党ナンバー2だったイッザト・イブラヒームが、昨年の7月以来9か月振りに、YouTubeに音声メッセージを公開したのである。本物かどうかは、確証がない。
戦後ずっと行方の知れない彼は、「ナクシュバンディー教団軍」という名で旧体制勢力を率いて、反米、反政府活動を展開してきた。昨年6月に「イスラーム国」(以下、ISと略)がイラクの一部を制圧した時には、ナクシュバンディー軍が行動を共にしていたと言われている。なるほど、ISが1日でモースルを陥落させ、1週間程度で首都近くまで迫ることができたのは、イラク国内の軍事情報に相当通じた戦闘のプロがいたからに違いない、とは、当時しばしばいわれたことだ。
だが、そのナクシュバンディー軍は、1か月後の7月にはISと袂を分かっている。独自の「イスラーム」理念に基づいて厳格なイスラーム統治を強いるISと異なり、旧バアス党の再生ともいえるナクシュバンディー軍は、社会主義や汎アラブ主義を掲げてイラクでの権力奪還を目指す集団だ。袂を分かった後に、ナクシュバンディー軍が「ISはなぜイスラエルを攻撃しないのか」といった声明を出したことがあるが、ISがサイクス・ピコ協定を糾弾し、西欧列強の定めた国境を否定するなら、なによりもその産物であるイスラエルを最大の批判対象にするはずじゃないか、という感想は、アラブ・ナショナリストのみならず多くのアラブ、イスラーム諸国の人々がISに対して抱くものだ。
4月6日のイッザト・イブラヒームのメッセージは、ISからの距離を一層広げている。演説の全体のトーンは、フセイン政権時代を彷彿とさせる「アラブ・ナショナリズム万歳、社会主義万歳」で、イラン、米国、イスラエルを最大の敵とする。まさしく、イラン・イラク戦争を戦っていたときのフセイン政権の、戦争プロパガンダそのものだ。
-
- 1
- 2
この記事に関連するニュース
-
イラク軍事基地で大規模爆発、1人死亡…米中央軍「米国が空爆の報道は事実でない」
読売新聞 / 2024年4月20日 11時25分
-
「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイランは想定していたか──大空爆の3つの理由
ニューズウィーク日本版 / 2024年4月17日 19時30分
-
イラン、大使館空爆で「自制」一転 イスラエル大規模攻撃で風当たりさらに強まる
産経ニュース / 2024年4月14日 13時0分
-
イスラエルによるイラン大使館空爆は「恐ろしいテロ」か「正当な軍事攻撃」か?
ニューズウィーク日本版 / 2024年4月8日 13時40分
-
アングル:本格化する湾岸諸国のイラク投資、イラン次第で事態変動も
ロイター / 2024年4月7日 8時3分
ランキング
-
1襲撃された邦人5人、日系企業の駐在員で車列を組んでの通勤中…パキスタン
読売新聞 / 2024年4月19日 23時56分
-
2イスラエル、イランに反撃 中部の空軍基地標的か
共同通信 / 2024年4月19日 21時12分
-
3ミャンマー国軍、ロヒンギャ1000人以上を強制動員…「人間の盾」に利用か
読売新聞 / 2024年4月20日 7時39分
-
4ロシア防衛産業支援と中国批判=「主要な貢献者」と懸念―米長官
時事通信 / 2024年4月19日 23時10分
-
5中国軍に「情報支援部隊」新設 習氏主導の戦略支援部隊は廃止
産経ニュース / 2024年4月19日 22時51分
複数ページをまたぐ記事です
記事の最終ページでミッション達成してください