「香港は本当にヤバいです」 逃亡犯条例の延期を女神は「予言」していた

ニューズウィーク日本版 / 2019年6月17日 6時35分

<100万人デモに追い込まれた香港政府は6月15日、逃亡犯条例改正案の審議延期を発表した。その前日、学生活動家の周庭(アグネス・チョウ)は本誌のインタビューに応じ、香港の絶望と希望を語った>

黄色い傘と催涙ガスが街を覆った雨傘運動から5年。敗北の無力感に包まれていたはずの香港市民が、一国二制度で保障された司法の独立を根底から破壊しかねない香港政府の逃亡犯条例改正に敢然と反対の声を上げた。100万人が参加したデモとその後の抗議活動は香港特別行政区の林鄭月娥(キャリー・ラム)長官を追い込み、香港政府は6月15日に改正案審議の延期を発表した。

本誌は6月18日発売予定の6月25日号で「弾圧中国の限界」特集を組み、香港デモと中国の限界に迫っている。ウイグルから香港、そして台湾へ――。強権政治を拡大し続ける共産党の落とし穴とは何か。

香港で、なぜデモは急速に広がり、当局は過剰な暴力で市民を抑え込もうとしたのか。22歳の大学生である周庭(アグネス・チョウ)は、雨傘運動で「ミューズ(女神)」と称された学生活動家だ。日本文化のファンで、アニメやアイドル好きが高じて独学で日本語を習得した若者でもある。

6月9日のデモに参加した後、来日した彼女に本誌編集長の長岡義博が聞いた。取材は14日。この時点では、香港市民は逃亡犯条例改正を止められないのではないかとの見方が多かったが、「私は疑問です」と語っていた。

◇ ◇ ◇

――6月9日のデモに103万人が参加し、さらに続いて起きたデモを香港警察が激しい暴力で鎮圧しようとする、という急な展開になっている。予想できたか?

予想できなかったです。昔から催涙弾や催涙スプレー、警棒は使われていたが、今回は「ルール」が守られていない。催涙弾を撃つときは一定の距離を空ける決まりのはずだが、今回はデモ隊の目の前で撃っている。

(ゴム弾の)銃は雨傘運動の時には使っていない。デモ隊の頭に向けて撃っているが理由がない。警察官が命の危険を感じるレベルではないのに、なぜデモ隊に対して銃を撃つのか。しかも頭を打たれた1人はメディア関係者です。香港人として暴力を許せない。警察は(デモ参加者を)殺す気ではないでしょうか。

――現地の映像を見ていると、ただ立っている人に催涙スプレーを掛けたり、引きずり倒して警棒で殴ったりしている。

反抗する力を失った人に暴力をふるうのはルール違反です。

――香港警察がデモを激しい暴力で鎮圧するのは意外だ。

警棒は雨傘運動の後半からよく使われるようになりました。1人のデモ参加者が5、6人の警察官に囲まれて暴力を振るわれることがあった。それでも(ゴム弾用の)銃を使ったことはない。

――デモにあれほどの参加者が来るとは予想していなかった?

もともとの予想は30万人でした。100万人は誰も想像しなかったと思う。

――そのうち10~20%は2014年の雨傘運動に参加したがその後デモに来なかった人、30~40%はまったくデモに参加するのは初めての人、と周さんは分析している。雨傘運動の失敗以降、無力感が広がっていたにもかかわらず、これだけたくさんの人が集まったのはなぜか。

この運動は特別だと思う。なぜかというと、逃亡犯条例の改正案が可決されたら、香港人はデモの権利や中国政府に反対する権利も失う。この条例案が可決されたら絶望だ、終わりだという感情を持ってみんなデモに参加したと思う。



――危機感が共有されている、と。

危機感というより恐怖感、恐怖感よりも絶望感だと思います。今回だけは阻止しないとダメ、という意思がすごく強かった。今までの運動とは全然違う。

――逃亡犯条例は香港人が台北で殺人事件を起こしたことをきっかけに改正の動きが始まった。もし事件がなければ、香港政府は改正しなかったのか。

そうではないと思う。この事件は政府の「言い訳」。

――もともと、こういう条例を作りたいと思っていた、と。

この事件はきっかけの1つと思います。台湾は中国の一部という前提に納得できないので、今、(改正案が)可決されても台湾は(香港人容疑者を)引き渡さない、とはっきり言った。可決されても、台湾からの殺人犯引き渡しは実現されない。本当の理由は殺人犯の引き渡しではない、とみんなが思っている。

中国が好きじゃない人、中国に反対する人、人権を求める人、そして中国で商売をしたり、中国情報を持っている人に対して何か目的があるのではないか。私たちのような活動家だけではなく、中国の官僚と深い関係のある、中国で商売をやっている香港人や外国人をターゲットにするのでは、と思います。今回、財界やビジネス界が強く反対するのはその証しじゃないかと。

――当初、今回のデモに対して外務委員会で「(日本政府として)大声で叫べばいいというものではない」と答弁していた河野太郎外相が、先日ツイッターで「香港の友人として、最近の情勢を大変心配している」と、態度を少し変化させた。

改正案に対する立場をはっきり言ったわけではないが、「香港に注目している」とか「香港の友人として、最近の情勢を大変心配している」とツイートしてくれたのは香港人としてはありがたいです。

――欧米に比べて日本政府の対応は物足りない?

日本政府は自分の国民の人権と身の安全、自由と命のために何か言うべきだと思います。中国は法治社会ではない。ルールを守らない政権で、勝手に罪を作りあげるのがとてもうまい。中国で収監され、不可解な形で死んだ人もいる。自由や政治的な権利だけでなく、命の問題。捕まって中国に送られたら帰れるかどうか分からない。だからこそ、香港人だけではなく、欧米政府やEUが反対の声を上げている。日本企業や日本人がたくさん香港にいるのだから、日本政府も反応しないとだめだと思う。

――自分の身にいつか危害が加えられるのでは、という恐怖感はないか。

恐怖感はあります。この改正案が可決されたら、中国はやり放題になる。

――香港返還の半年前に生まれた周さんの中国に対する印象は?

弾圧を強める、約束を守らない、一国二制度を一国二制度ではないように変えた、天安門事件で自分の国民を殺す、といった印象ですね。

――中国から香港に移住している人が増えている。彼らはこの問題をどう見ている?

中国で教育を受けてから来た人は私たちとは価値観が全然違います。でも、香港にはまだわずかの自由が残っている。自由が残っている香港で、(大陸と違って)グーグルやフェイスブックが使える香港で、彼らが自分の故郷では見えない情報が見えるようになったらいい、と思います。



――周さん個人は最近、大陸から来た中国人にどういう感情を持っていますか?

中国人と中国の政権は別な存在だと思います。私にとって、中国に住んでいる人たちも中国の政権から弾圧されている人たち。生まれた時から権利は何なのか、自由は何なのか、自分の意見を言うことがどれぐらい重要なのかを知らない人たちです。こういう人たちにも民主主義や自由の重要さを知ってもらいたい。

――中国と香港の関係は複雑だ。香港のほうが中国の安い労働力で発展してきた時期もあれば、今は中国の経済力が香港を上回るようになって、中国が威圧的になっている。中国からの観光客の程度の低い行動が問題になったこともあった。

例えば、中国から来た観光客が電車の中でトイレをする、といったよくない行為をするのには納得できない。香港の人が中国の人によくない印象を持っているのは、それが原因の1つと思います。ただし、中国人と中国共産党政権とは別。

――今月20日に犯人引き渡し条例の改正案が審議され、このまま押し切られると可決されてしまう。

でも立法会の審議は(デモの影響で)キャンセルされた。審議をするための会議が開けるのか、私は疑問です。

――無理やり開けば可決されてしまう。

そうですね。

――万一そうなった時、次にどうするのか。

今はこの運動に集中したい。これが可決されてしまうとヤバいです。

――香港から逃げ出す人たちが増えている。

ドイツ政府も香港からの政治難民を2人受け入れました。

――周さんも万一、身の危険が迫ったら同じような行動を?

今はない。今は戦いたい。その時になったらどういう気持ちになるのか予想できない。残りたいです。香港に対する責任感があるから。

法案が可決されたら、香港イコール中国です。香港のメリット、香港のよさがなくなってしまう。今回の改正を心から支持している人はあまりいない。普段、ビジネス界の人たちは自分の意見を言わないし、親中派が多い。今回は自分たちが一番危ないので反対している。

――確かに、今回のデモは若者だけじゃなくて年を取った人も参加している。

世代に関わらず参加しています。100万人は本当に歴史的。私も初めて100万人のデモに参加しました。

◇ ◇ ◇

香港特別自治区政府はインタビュー後の15日、逃亡犯条例の審議を延期することを発表した。しかし、周さんら民主派は審議の延期でなく、条例「改悪」案そのものの撤回と林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官および警察の責任追及、そして逮捕者の解放を求めている。


※6月25日号(6月18日発売)は「弾圧中国の限界」特集。ウイグルから香港、そして台湾へ――。強権政治を拡大し続ける共産党の落とし穴とは何か。香港デモと中国の限界に迫る。


長岡義博(本誌編集長)

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