米長永世棋聖「築いた万里の長城、穴が開いた」 電王戦敗北後の会見 全文
ニコニコニュース / 2012年1月15日 2時46分
プロ棋士対コンピュータ「将棋電王戦」の第1回戦が2012年1月14日おこなわれ、コンピュータ・ボンクラーズが日本将棋連盟会長の米長邦雄・永世棋聖を下した。対局後の記者会見では敗れた米長永世棋聖が「万里の長城を築きながら、そこから穴が開いて攻めこまれた」と自身の敗北を表現。1秒に1800万手を読むというボンクラーズに対して「手を読ませない」作戦で序盤は想定通りの展開だったとしたものの、終盤に相手がコンピュータであれば「取り返しのつかないうっかりミス」を犯していたことを明かし、悔しさを滲ませた。
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男性プロ棋士が公式対局で敗れたのは初めてであり、歴史的な瞬間となった「将棋電王戦」。以下、記者会見で対局を振り返る米長永世棋聖の発言を全文書き起こして紹介する。
■「築いた万里の長城、穴が開いた」
司会: それでは対局者に本日の対局の感想を伺いたいと思います。米長永世棋聖お願いします。
米長邦雄・永世棋聖(以下、米長): 残念ながら負けてしまいました。将棋の中身について申し上げますと、私はボンクラーズに対する後手の最善手は「6二玉」ということに、私の研究では結論が出ました。プレ対局のときに「私が奇を衒った」というようなことを書いた(新聞)社もありますが、どうかそれはやめてほしい。それは6二玉という手がかわいそうなのですね。6二玉が悪いのではなくて、その後の私の指し方が良くなかったので。私が弱い、あるいはその後の作戦・読み筋が劣っていたということはどのように書いてもいいけれども、6二玉という手に失礼があるようなことは書かないようにしていただきたい。私の研究ではボンクラーズが76歩ときたときは、6二玉が最善手ということに決めておりました。
序盤は、私は完璧に指したはずなのですけど、残念ながら私は途中で6五桂とはねられる手を見落としてしまったもので、万里の長城を築きながら、そこから穴が開いて攻めこまれたという結果になりました。それは私が弱いからであります。以上が私の感想というか、言い訳というか、発言でございます。
■1秒1800万手読むコンピュータに「手を読ませない」6二玉
司会: 続いて質疑応答に移らせていただきます。質問はございますか。
読売新聞・サイジョウ記者(以下、サイジョウ記者): プレマッチ後、初手6二玉が奇策だと書いたのは読売新聞なのですが、奇策ではないというのは具体的にどういうふうな考え方なのでしょうか。
米長: あなたのものの考え方ではわからないと思います。
サイジョウ記者: わからないから聞いているので・・・。
米長: そうですね。それではご説明致します。7六歩とつかれた時の最善手は6二玉と、これは(将棋ソフトの)ボナンザの開発者と密かにお会いしまして、その席で教えていただいた手なのですね。
その後の指し方も、今日の将棋の序盤の金銀4枚密集した形のところまでが研究、こうなれば後はいけるという形なのです。今日のような形に、またこの次指したときなるかどうかは別ですけれども6二玉とあがって、振り飛車に対して銀を2枚並べて、そして相手の出足を食い止めて、おもむろに圧迫していくという、そういう作戦なのですね。
ボンクラーズの1秒間に1800万手を読むという機械に対して、こちらのほうは手を読むというよりも、読ませないという作戦です。ですから、万里の長城を築いたというところが、築く第1手が6二玉だったのですね。
ただし、これを技術的なことで説明しますと、1冊の本ができあがりますので、あとは(この後発売の)中央公論新社からの本を読んでいただきたいと思います。
■勝負の分かれ道となった2つの指し手
サイジョウ記者: 今日は具体的にどのあたりが疑問だったのでしょうか。
米長: 私の見落としは正直はっきり申し上げますと、飛車があっちへ行ったりこっちへ行ったりというところまでは、完璧に指し回しをしたはずなのです。しかし、重大なミスが出たのですね。
それは指し手で申し上げますと、1番悪かったのはまた後なのですが、ちょうど80手目です。6六歩に対する同歩という手があったのですけど、その手では86歩、同歩と突き捨てて、7ニ玉と引いておけば優勢だったろうと思うのですね。
その後どうなるかというと、当然指し手で申し訳ないのですけれども、6五歩、同桂となって、6六角と上がることになる。そこで同角、同銀、8六飛車と走ってしまおうと。そうすると優勢を持続できたのだろうと思います。
人間相手なら間違いなくそう指したのですけれども、私はもっと安全に確実にというふうにずっと指していたものですから、それは切り替えができなかったのです。切り替えができなくて、私には致命的なミスが出たのですね。それは私が90手目いったときに、91手目7七桂とはねられて、私は重大なミスに気が付きました。それは、次に6六歩とつきましたけれども、その手では7四歩、同歩、同銀というふうにすれば、盤石の体制でほぼ試合終了だろうと思っていたのですね。
しかし、その後7五歩とうたれまして、同銀左ととったときに65桂とはねられる手があるのです。6五桂とはねられる手を私はうっかりしたのですね。そのうっかりミスはもう取り返しのつかないうっかりミスで、それからその形になるとボンクラーズには勝てないということが私の勉強ではわかっていますので、あとはそのまま諦めたというところです。勝敗を分けたのはその2点です。
サイジョウ記者: ボンクラーズとの練習対局は何局くらい重ねたのですか。
米長: おそらく150局くらいだろうと思います。
サイジョウ記者: 勝率はどうだったのでしょうか。
米長: 勝率は1番最初に10月に機械を入れていただいた後、正直言って1手30秒で指しまして10連敗しました。1分将棋にしまして勝率1割。しかし、直近では4連勝していたのですね。ですから、だんだん弱点、長所も短所もわかってきていて、そして持ち時間を3時間にした将棋では1勝2敗です。
ということで持ち時間が多くなって、そして相手の長所・短所をわかっていますので、今日の将棋はだいたい作戦通りうまくいったはずだったのですね。
サイジョウ記者: ボンクラーズの具体的長所はどういうところでしょうか。
米長: 1秒間に1800万手読むということは、これは途方も無い数字。読み筋に対して私がいくら読んでも切りがない局面、読み切れない局面、そういうふうに持ち込んだのが、6二玉からの作戦だったのですね。そして、私が描いたとおりにうまくいったのです。うまくいったのですけど、残念な結果になったということです。
サイジョウ記者: あとひとつ確認なのですが、デン「ノ」ウセンと聞いていたのですが、デン「オ」ウセンでなくてデン「ノ」ウセンでよろしいですか。
米長: 「天王洲アイル」と同じでどう読むのかわかりませんが、デン「ノ」ウセンではないかと思います。しかし、あの子(司会)が読んだのはデン「オ」ウセンですけれども。
サイジョウ記者: デン「ノ」ウセンと聞いていたのですが、司会者の方が今、デン「オ」ウセンとおっしゃっていたので・・・。
米長: 言葉を大事にする読売新聞ならではの質問だと思うのですが、(日本)将棋連盟というところは「どっちでもええやないか」という団体でございます。
(会場から笑い)
サイジョウ記者: コンピュータは電気の脳とかいて「電脳」というそうですから、それに引っ掛けてデン「ノ」ウセンかと思いまして、そういうことでよろしいでしょうか。
米長: はい、そうですね。
■「コンピュータは私という人間をよく知っている」
NHK記者: 禅問答のようになって恐縮なのですけれども、対局しているときに(相手は)コンピュータという意識なのか、あるはよく「棋は対話なり」と言いますが、何か人間らしい対話をしている気分になったりとか、コンピュータとやっているのに人間らしさみたいなものを感じたりということは、今日の対局でありましたか。
米長: 非常に良い質問であり困る質問でもあるのですけれども、私はとにかく将棋場に向かうと、相手がコンピュータであっても人間誰であっても全く同じように心がけているのです。ですからコンピュータだという意識はあまり無かったのですね。それがあそこまでうまく指せたということ。
もっともコンピュータ相手だからそう指したのであって、コンピュータでなければ、またコンピュータのなかでもボナンザでなければ、私の研究では初手6二玉ではなかったと思うのですね。
ですから、やはり指し方がガラっと変わると思うのですけれども、コンピュータは斬り合い、読み合いになりますと、とても人間が勝てるようなものではないので、その辺をよく意識して指していったのです。今日はその慎重さが途中から裏目に出たということですね。
NHK記者: 向こうの手待ちをしているときは、ちょっと困っているのかなというような擬人化して考えてしまうような瞬間はありましたか。
米長: あれは非常にコンピュータの巧妙なる高等戦術でして、私という人間をよく知っているのです。私がやりたい手がいくつかあって、それを勝とうとして手をだすとカウンターパンチを繰り出すという作戦で、皆さん方が見ていると飛車があっちへ行ったり、こっちへ行ったりと何をしているのだろうというところなのですけれども、結局私が最後に間違った。私が間違うのをジッと手待ちしているわけです。そういう点では大山康晴(十五世名人・故人)と指したという感じですね。
しかし、私の作戦はもともと大山康晴になりきって指すという作戦でしたので、今日は2人の大山康晴が指した。途中から私らしい手を指してしまえば良かったのですけれども、切り替えができなかったのですね、私の頭では。それが結果的に負けになったのです。
■「最善手を求めることが使命。人かコンピュータかは関係ない」
朝日新聞・ムラセ記者(以下、ムラセ記者): この開催が決まったときにもおそらく話があったかと思うのですが、改めて今回決着がついた時点でコンピュータがこれだけ強くなったことについて、どのように感想を持たれていますでしょうか。また、コンピュータ将棋の今後などについても教えていただけますか。
米長: 6二玉はいい手ですからね。朝日新聞社にも申し上げておきます。
CSA(コンピュータ将棋協会)と日本将棋連盟とはずっと長い付き合いで、毎年5月の(コンピュータ将棋の)世界選手権のときに日本将棋連盟はささやかではあるのですけれども、お金と人を出しているわけです。38年間、社団法人としてささやかではあるのですけれどもずっと応援していて、今度の5月にも応援するのです。
ですから、我々のほうは、コンピュータソフトがプロを負かすのか負かさないのか、そういうことではなくて、どこまで強いのか、最善手を求めていくことが我々にとって一番大事なことですので、それが人間であるかコンピュータであるのかということは全く関係ありません。
しかし、親子みたいな関係で赤ん坊を抱いているうちはよかったのですが、だんだん親に反抗するようになってきてですね。もう息子のほうが強い、娘はうちを飛び出すとか、そういうふうな事態になったわけです。
この後はどうなるかというと、今日は一番負けましたけれども、だからプロが弱いということではないのです。この後はコンピュータはコンピュータとしてさらなる進化をしていって、人間は人間として、やはり脳みそを使って、脳に汗をかくほど一生懸命将棋を指す姿が多くのファンに感動を与えて。駅伝・マラソンと車の会社のような関係で、駅伝・マラソンは車が横をさっと抜けるのだと思うのですが、(車は)ノロノロ走っている。それは、ランナーの汗というものに感動するから。
そこはできれば皆さんがどのようなときにも、プロ棋士を尊敬し、またプロの将棋は素晴らしい、面白いと思っていただけるようにお願いをしたいです。読売新聞社の竜王戦、朝日新聞社・毎日新聞社の名人戦、引き続きどのような事態になりましても、ずっとやっていくということをよろしくお願いしたいですね。
ムラセ記者: 今日の対局にのぞむにあたって、いろいろ研究を積まれたかと思うのですが、対ボンクラーズ、ボンクラーズを負かすという技術の研究と、会長自身が現役当時の力を取り戻すための研究・鍛錬というところで、分けられると思います。会長自身、現役当時の力とどれくらいまで戻って、今日の対局にのぞまれたと思いますか。
米長: 正直言ってボンクラーズの研究は1日6時間、延べ300時間くらいになるのですかね。(正確に)わかりませんが相当な時間を費やしましたけれども、プロと指す場合には全く役に立ちません。これはボンクラーズに勝つための研究をしたのであって、プロとやって現役に復帰するであるとか、自分の将棋をさらに高められたということとは全く関係の無い話でして。そこは人間相手の研究をする人間と、勝つということだけをやってくるコンピュータとは多分違うのだろうと思う。
私は全盛時代よりは弱くなっているとは思うのですけれども、この後は私が答えるより、(記者会見に同席している)渡辺明(竜王)と谷川浩司(九段)に「率直な本音を言ってください」と聞いたほうがいいですね。
(会場から笑い)
渡辺明・竜王: すいません。率直に言いまして、私米長先生の全盛期の強さがわからないので、ちょっとコメントが出せません。
私がプロになって米長先生と公式戦を一度指しているのですけれども、その頃米長先生は引退の近くの頃でしたので、先生がおっしゃっていた全盛期には当たらないと思います。ちょっと全盛期との比較ということでいうと、私はわからないというのが正直なところです。
谷川浩司・九段: 私は米長先生とタイトル戦を何度も戦っておりますので、永世棋聖の全盛期をよくわかっております。
渡辺さんのように逃げることができないのですけれども、やはりちょっと勝負勘というところで、(米長)会長もおっしゃっていましたが、序盤・中盤は押さえ込みをはかって、でもやはり押さえ込みだけではなかなか勝ち切れないので、どこかで斬り合いにいかなければいけなかった。それは先程、会長も手順を記されましたけれども、そのあたりが現役を退かれてから8年間というのは少しひびいて、このような結果になってしまったのではないかと思っています。会長に対して失礼なことを言ってしまいました。
■「ニコ動の視聴者が『面白い将棋』だと思うことが勝利」
ニコニコ動画・亀松記者: ニコニコ生放送では今回の対局の中継をして、非常に多くの将棋ファンが見守りました。あと原宿のサテライトスタジオではパブリックビューイングの形で見ていただいたのですが、そこには人が入りきれないほど来て対局を見ていました。年齢が高い人も非常に多く見に来て、今日の対戦に注目をしていたのですが、そのような中継を見ていた人に対して、何か一言ありますでしょうか。
米長: 今日の対局の主催者がニコニコ動画と中央公論新社の2社なのですが、やはり一番大事なことは対局をするときの本当の勝者は誰かということ。私はニコニコ動画を見てくださった方が「いい勝負だったな」「面白い将棋だったな」と思うことが一番の勝利だと思っているのです。ですから、そういうふうなことが一番大事なことだろうと思うのですね。
この間も私ワンマンショーのようなものがあったのですね。その時も横にずっと文字が流れてきますけれども、私は1時間横に流れたその文字、双方向性のやりとりをし、お客様のアンケートは「良かった」が90.8%、「まあ良かった」が7.8%、2つあわせると98%以上の人が「良かった」と。それが一番大事なこと。ニコニコ動画を見ていた人たちが、この将棋の一番の勝利者となっていればいいと思っているのですね。
フリー・トムラ記者: 昨年から自宅でボンクラーズを研究して、何局もやったと思います。今日のボンクラーズはそれよりもさらにスペックが高いマシンに仕上がっていたかと思うのですが、自宅で研究していたときと今日のボンクラーズとで、違いのようなものを感じたことはありましたか。
米長: 正直言ってほとんど変わっていないというとおかしいのですけれども、私には違いがわからなかったですね。ですから、おそらく1秒間に100万手読んでも、500万手でも、あるいは2000万手読んでも、プロとコンピュータソフトの戦いにおいては、あまり関係が無いことだろうと思う。つまり、1秒間に100万手、200万手読んでいる時点で、正直言ってプロが絶対に敵わない部分。
例えば、詰め将棋を解くスピードであるとか。私が1時間考えるものをコンピュータは1秒とか、そういうふうにはっきりと人間が絶対に敵わないというところがある。逆にコンピュータが人間には勝てない部分があって。ここまで来ますと1秒間に5000万手読んでもあまり関係が無いことなのですね。
ですから、プロがコンピュータよりも強いところは何か、弱いところは何かということを、プロ側が認識して指すかどうかが非常に大きなことです。
(了)
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(丹羽一臣)
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