サンボ山口から電波少年Tプロデューサーまで・・・吉本隆明さんの訃報に著名人がネットでコメント

ニコニコニュース / 2012年3月16日 17時9分

 戦後の思想に大きな影響を与えてきた評論家の吉本隆明氏の死去が2012年3月16日に報じられ、各界に衝撃を与えている。訃報を受け、思想界・文壇の著名人がブログやTwitterでコメントを発表。しかし、こうした反応は思想界・文壇にとどまらず、いかに吉本氏が与えた影響の範囲が広かったかがうかがえる。

 例えば、独特のメッセージ性の強い歌詞で若者からの支持を集めるサンボマスター・ボーカルの山口隆氏は、以下のようにTwitterでつぶやいた。

「吉本隆明さんはマチウ書試論や鮎川信夫さんとの対談本など、皆さんと同じく読みました。芥川論のドキドキはいまだに覚えています。梅原猛さん、中沢新一さんとの対談本『日本人は思想したか』は学生時代に最もビリビリきた本のひとつです。吉本さん有り難うございました。ご冥福をお祈りいたします」

 また、株式会社ロッキング・オンの創業者・渋谷陽一氏は、「吉本隆明がいなければロッキング・オンはなかった」と自身のブログで明かしている。

「これまで何度も書いて来た事だが、僕は吉本さんに影響されなかったらロッキング・オンを創刊しなかった。創刊してからも、これは吉本さんが見たらどう思うのだろう、叱られないだろうか、といつも誌面を作りながら思っていた」

 最晩年に吉本氏と対談を行った糸井重里氏は、公式サイト「ほぼ日刊イトイ新聞」で以下の文章を発表した。

「こういう日がくることは、ずっとわかっていました。ご本人といっしょに、そういう日のことについて話したことも、何度かありましたよね。(中略)『ありがとうございました』とか過去形で言うのはやめておきます。ぼくがそっちに行ってから、そこでお礼を言います。でも、中締めっていうのもありますものね。じゃ、また」

 一方で、吉本氏は評論家というイメージに留まらない活動も行なってきた。1980年代にはコム・デ・ギャルソンを着て女性誌「an an」の表紙に登場し、文壇で物議を醸したこともある。日本テレビの番組「電波少年」の「Tプロデューサー」こと日本テレビ・土屋敏男氏は、こうした吉本氏の意外な一面を自身の体験をもとに以下のように振り返った。

「吉本隆明さんが亡くなった。電波少年でアポなしで伺って"透明プールに顔を浸ける"をニコニコしながらやって下さった。何年もたって糸井さんに連れて行っていただいた誕生日の会でその事をお詫びした時もニコニコと話して下さった。改めてお詫びするとともに心からご冥福をお祈りします」

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